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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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「八代間と信濃」







ハルシオン・ブルー外伝
intermission 「八代間と信濃」

 しなの、しなの、と呼ばれた。まったくもって、カタカナとひらがなと漢字という我が国の言語の発明はよく出来ていると感心する。人間の言葉の発音は、舌の乗りでその三種類に分かれるとおもう。外国の言葉はどうか知らぬが、祖国の舌の具合は祖国の言葉でしか著されぬものである。そして信濃の雇い主の声は、明らかにひらがなだった。
 はいはい、はいはい、と呼ばれた回数だけハイを言って、信濃は地下足袋で中庭を走っていった。檜の回廊に、黒い装束の八代家次期当主あわいが、ちょこんと立っていた。信濃はこの少年の抱え従者である。元々身辺卑しい流人の出であり、名前もこの屋敷に来たときにもらったもので、大抵は屋敷で大工仕事とか庭仕事とか、適当な男仕事をしている。なので格好はいつもすり切れた半纏に猿股・地下足袋、手足は泥だらけである。背ばかりおおきく、あわいと話すとなると、しゃがんでも視線が合わないため、信濃は庭に土下座し、回廊に立つあわいと会話するのが常である。
「何でしょう、坊ちゃん」
 八代の家は結界術の家である。技術が家柄に反映するのか、非常に保守的で、頻繁である筈の術士九家ともあまり交流がない。一族は概して口数が少ない。退廃的なまでに会話が無い。若主人(といってもまだ六つ程度)のあわいも例に漏れず、ほぼ喋らない。先ほどのひらがな三文字が最も良く発音される程度である。
「ああ、お習字でございますか。お上手でございますね、特にここのハネ、鳴門の荒潮のようでございまさぁ~」
 そこで信濃は、主の目の色と行動とで言いたいことを把握する術を身につけた。今のように黙って半紙を突きつけられ、黒い目でじっと見つめられた時は、褒めそやしてほしいときだ。信濃は外来の者なので、ぺらぺらと口が立つ。一辺倒褒め倒すと、少年は満足したように大きく息を吐いて、それから、いくらかの雑貨を渡してきた。巾着袋や、雑記帳、千代紙の箱などである。そしてそのどれもに、あわいの字で、「八代丙」と墨字書きしてある。
「ああ、丙(ヒノエ)さまの持ち物! 坊ちゃんが名入れして差し上げたんですねえ! こりゃお喜びになられますわ、信濃がびゅんっと届けて参りますからね」
 丙はあわいの、六つ上の姉である。術士のきょうだいなので、彼女は両の腕が不自由である。八代の姉弟は非常に仲好で、年の離れた姉は母のように弟に接するし、弟も両手の萎えている姉をよく思っていた。
「しなの」
「なんでございましょう」
 早速届け物に行こうとしていると、三文字で呼び止められた。あわいが丁寧に畳んだ手ぬぐいを差し出しており、その端っこに、滲んだ墨字で「信濃」と書かれてあった。いつも泥だらけの信濃を慮ったものらしい。幼い主に平伏して、信濃はそれを受け取った。額ずいて平伏するから、さらに泥がついて、あわいはその場では仏頂面を貫いていたが、障子が閉められて、信濃がさあ行こうかと歩き出したところで、室内から殺した笑い声がした。
 目の前で笑って下すって構わないのに。きっとあのまん丸な顔を、もみじのような手で押さえて笑っているのだろうなと思いながら、信濃も笑いをこらえられなかった。
 

 八代あわいが当主に成った。それは恐ろしく突然の出来事で、家人には何も知らされず、一族の中でだけ、一晩で決められた。そしてその当日に、あわいが京へ行くことになった。それに前後して、一ノ瀬・五十嵐急襲の知らせが届いていた。『神父』と呼ばれる、外洋の、日本の異文化を廃せんとする勢力に攻撃を受けたということである。それで、仲間達の危機であると救援を求める伝令が来た。あわいの初仕事はその「出陣」になった。
 そんな中、使用人の信濃は溜まらず、家長であり、長らく当主であったあわいの祖父の元へ直談判に行った。「お館さま、坊ちゃんはまだ十ですぜ!」と訴えたところ、「ばかもん!」と拳骨を喰らい、「儂は八十八だ!」と、納得できるようなできないような理由を怒鳴られた。結局、すごすごと主のもとへ行き、定位置で土下座して、障子の向こうに声をかけた。
 あわいはとっくに身支度を整えていた。機能的な、まるで往年の忍のような黒服に、懐刀を差し、切れ長の瞳は真っ黒に澄んでいた。たった二年か三年で、あわいからは、幼さの余韻が一切合切消え去った。今では微笑みすらしなくなっていて、それは卑屈になったわけではなく、年不相応に覚悟した落ち着きで、信濃はいつも複雑であった。というのも、あわいがこのような早熟な変貌を遂げてしまったのは、信濃が大けがをした事件爾来だからである。

 八代が代々住まっているのは薩摩の土地である。京や江戸など、都から常に離れていて、田舎者扱いばかりされてきたが、開国してからこっち、最もきな臭い土地になってしまった。大結界のため今まで使われずにいたが、九州には外国船の港としては最高立地なのである。二年ほど前、その開国による是非こもごもの、憤懣とか利益とかの噴出が、暴動のような形で噴出しており、それのひとつが八代家に向いたことがあった。そのとき、あわいは信濃と姉の丙を伴って、屋敷からやや離れた堤防に遊んでいた。そこを暴漢に襲われ、信濃が怪我をしたのである。八代は結界術の家だ、しかもその当主のあわいである。もちろん、とっさに術を使った。しかし当時、あわいに三人をそれぞれ囲む技量は無かった。とっさに、自分を結界で囲い、そして姉と従者を較べたときに、一瞬の判断で姉の方を囲った。それで力の限界だったのだ。暴漢は傷つきながらも信濃が追い払ったのだが、結局二月寝込む大けがとなった。未だに後遺で足を引いて歩いている。
 当惑しきった顔で、結界の中で硬直していた幼いあわいの顔を、信濃はよく記憶している。信濃が見た最後の、あわいの感情ある顔だった。その後から、あわいは周りが心配するほど修行に打ち込み、その過程でより物静かで、感情の出ない子になっていった。


「坊ちゃん……」
 見送りの時間すらないほどの気ぜわしい出立だった。どうやらかなり切迫した状況らしく、伝令の六東のシキガミは毛を逆立てて吠え散らかしている。早くあわいを乗せないと人を食いそうな勢いである。信濃は、短い言葉に必死で詰めた、「お怪我だけはなさらないで、無理はせず、そして敵と間違われないよう大きな声で名乗ること」を言おうと思っていたのだが、口をついて出たのは全く違う言葉だった。
「坊ちゃん、これから往く所におられますのは、みんな、信濃ではございませんよ。あなたのお仲間さまたちでございますよ。だから、誰も大けがなんかしませんからね」
 あわいの顔が珍しく引きつったように見えた。一段低い庭に膝をつく従者を、八代当主はじっと見つめていた。
「存分にお力を振るわれませ。お仲間さまをお守りくださいませ」
「信濃」 
 こどもが使うのがひらがなで、符丁や無感動なものがカタカナで、それで、漢字は男のものだとするなら、その声は立派な男の一声だった。
「びゅんっと、行って、来る」
 そのとき、この子は、なんだか、自分のいのちまで削ってでも、自責の過去を清算しそうだなあと、信濃は驚くような、不安なような気持ちになった。信濃はふところにしまってあるてぬぐいを握りしめて、どうか、音に聞く全国の術士、あわいの仲間たちが良い人々であるよう、そして強い人々であるよう、細い息で祈るばかりであった。





intermissionシリーズでした。閑話はこれで終わり たぶん ( ^ω^)・・・
以下、最初に書いたはいいけど蛇足と削った、あわいのお姉ちゃんとしなのの話です


 八代丙は美しい娘である。あわいによく似た切れ長の瞳、烏の濡れ羽のような黒髪、そしてその清貧な空気が、なんとも品位を感じるのである。だれでも恐縮せざるを得ない。この子も八代の一族らしく口数は少ないが、信濃にはよく口を聞いた。弟の力作を見せてやると、目を輝かせて喜んだ。この姉弟はとても仲好で、丙は年の離れた弟に母のように接してかわいがっている。しかし、あわいは次期当主となる男児であるので、丙はあまりあわいと会うことを赦されていなかった。
「あなたの、てぬぐいも……」
「ええ、ええ。信濃はいつも小汚いですから」
「きのう、屋根を……」
「ああ、直していました。御覧になられてたので? あっ、この部屋から見える角度かぁ!」
「信濃、落ちていましたね……」
 そこまで見てたんですか、と頭を掻いて恐縮すると、丙は目を細めて微笑んだ。いつでも見ているのですよ、と、その目が言っていた。すると、丙に、手を出すように言われて、信濃は戸惑った。慌ててあわいがくれたてぬぐいで汚い手を清めようとして、しかし主のてぬぐいを汚すのにためらわれて、結局衣服の端で拭った。丙は片方しかない手で信濃の大きな手のひらに触れて、そっと息を吐いた。
「おまじない」
 と、小さく肩をすくめた。当主には劣るが、きょうだいでも術はわずかに使える。あなたの身体が丈夫でありますように、と、丙が尻すぼみの声で言った。手を握られた時の、あの温かい、まるで血脈をぬるま湯が登るような感覚は、そうか、術の力か、と信濃は恐れ入った。分不相応な家に仕えたものだと思った。


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