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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー外伝二十一




 きっかけは、古倉の中でみつけた紅い本だった。
 それは見たこともないような紅だった。「それ」は、確かにいままでずっとそこにあった歴史を物語るように埃にまみれていたのに、今この瞬間まで全くそれに気付かなかったのだ。倉への出入りは常のことだったから、内蔵品はおおかた心得ていたつもりだったのだが。
 それは表紙が紅色をした上質な綴じ本だった。丁寧に扱われたのか、未だに型くずれはしていない。けれども如何せん経た年月が長すぎたらしく、表紙の題字は読みとれなかった。まるで見つけられるのを待っていたかのようにそれは、静かで熱く滾るような赤が湛えられていた。持つと妙な熱があるような気がした。
 なんともなしに、それをめくる。序文からしてよく分からない紋様が並び、曰く付きの書であることを知らせる。怪しんでぱらぱらとめくっているとふと、僕でも読めそうな字があった。
 それは複雑な紋様の中で、ひとつだけ走り書きで記されていた。記述のなかに割り込んだような位置に書かれているにもかかわらず、それは異様な存在感を放っていた。
 あたりは静かだった。時々思い出したように床が軋んだ。舞い上がった埃が沈殿していくのを感じる。唯一の通気口である天窓からかいま見える空が、とても青かったのを記憶している。



 一五三二年、夏。武蔵の国はその日も、未だ五月晴れと見まがうほどの長閑な陽気だった。


「んー……と? ……『生々流転』……『血流漂株』……『英風』…………『虎嘯風生』……?」





ハルシオン・ブルー外伝二十一





 英語なんか分かるかこの馬鹿っ、と、なちの癇癪で畳に叩きつけられた赤い本を、晴次が解読し始めて数刻経った。妹なら、まるで母語のように操れるのですが、すみません、と言うが、なちからしたら結構な早さで青年は赤い本のページを手繰っていっている。これは、神霊の本で、おそらく、大英帝国圏の魔術師が、この国の術士と交流した際の、そのお互いの精神的な在り方の交感について記したものである、らしい、というところまで解り、なちが、もちろん、その説明で神父を連想して唇をひん曲げた。しかし、晴次の「やはり神父は神霊なのですか」という言葉にさらに表情をひん曲げることになる。で、その赤い本が、以前五十嵐ルウが自分の神霊を召喚した時のものだということが解って、今度は怒りの前にポカン、とすることになる。
「なんで、五十嵐じゃなくて、ここにあるんだ」
「わかりません。ここに来たのは、私達以外では、四家当主と、あと、黒装束の小さな子供ですが」
「黒装束のチビ!」
 八代あわいか、となちは奥歯を噛んだ。やはり、アイツを含めた京都組に何かが起きたのだ。さもなくば、まるで邪魔だてさせないように能力者を囲っておく理由が分からない。鷹久兄さんが、何故、自分を連れ出しておきながら、ここに隔離したのかも――。
「……恐れながら」
 ふいにした晴次の声に、思考の深みから引き上げられて、なちは双肩をびっくりさせた。
「七野が五十嵐を厭う理由は、承知しているつもりです。でも、何故、あなたはそんなに、鷹久を慕うのですか」
「……今の状況と何の関係があるわけ」
「六年前、雑談が行く末を変える経験をしたものですから」
 五十嵐長兄は、手にしていた赤い本から、視線を上げて、なちを見た。彼がなちに慇懃な態度を取るのは、もちろん、当主というなちの立場を鑑みてである。でも五十嵐晴次の視線自体は、へつらいもしないし、まして従順な敬意を示しているものでもなかった。なんだか――そうだ、まるで、「兄」に叱られているみたいな――気になる。「六年前、」となちは癇癪をこらえて口を開いた。
「お前等が大結界壊してっ、あたしたちお役ご免になって! それでも御当主があたしたち守ってくれた、世の中も少しずつ生まれ変わってる。あたしたちは旧くなっていって、あたしたちは新しくなっていく。その中で一番最初に、いなくならなきゃいけないの、誰だったと思う!? お前ら、それ知ってて大結界壊したのか!?」
 癇癪を起こすまい、と思ったのに、どんどんと口から怒声が出てくる。なちは最後の方はほとんど涙目になっていた。いつものように、腹の底の、黒いどろどろしたものが、突然噴火を起こす類の癇癪じゃなくて、胸中にある、真っ赤な香辛料の粒が、ぷちんと弾けたような、そんな怒りであった。
「鷹久にいさんだ。四家は治癒の家だ。どうやってるって、自分の呪力を流して治してる。それに加えて、大結界にも呪力を流さなきゃなんない。そんなことしてたら、普通何年も保たずに死んじゃう。だから、四家んちの当主は、兄妹から呪力を吸って生きてきた」

 ――なっちはさァ、オッサンの妹と同い年なんだよ。知ってた?
 
 なちが最初に会った仲間が四家鷹久である。もう数年前だが、そのころから彼は今とあんまり変わらない、白髪で紫の着流しで、へらへらと笑っていて、なちの頭を撫でる大きな手はとても冷たかった。
 ――本当はねぇ、こういうふうにね、お菓子をあげたりね、頭を撫でてあげたりしたいんだけどねぇ。
 大結界は、作るのヤメタなんて、言えないもんねぇ、と、笑った彼の顔をよく記憶している。

「でも、大結界が壊れて、そんなことしなくてよくなって……! 鷹久兄さん、もう家族を苦しめなくてよくなったって、笑ってたけど、それって、鷹久兄さんが、もう誰からも力を貰わないってことだ。もう、本当に、近いうちに、あの人、……っ」
 ふいに鼻の奥が熱くなって、喉の奥がきゅっと締まって、目玉がじっとりとして、あっ、と思うが、まばたきをしたら、ぼろりと涙が剥がれ落ちた。頬をつたって、噛み締めた唇の間から涙が歯の間に染み込んだ。
「死んじゃうんだぞ。死んじゃう、いなくなっちゃうんだ」
 喋って頬のしまりがなくなると、ついに大粒の涙が、どこから出てくるのか不思議なくらい、ぼろり、ぼろり、と落ちていった。
 そう、四家鷹久は近いうちいなくなる。今は二名ユウヒから薬を貰って、きょうだいの妹共々なんとか生き繋いでいる。でも、何しもしなければ四家の人間は力を垂れ流していくだけだ。そして、何もしなくてよくなった時代を、鷹久はおそらく、生きるつもりは無いのだとおもう。
 五十嵐晴次はしばらく黙っていたが、視線はずっとなちの方に合わせたままだった。そして、「そうだな」、と頷いて、一瞬視線を落として、それからまた、なちの方を決然と見た。
「これで分かりました。四家鷹久は、少なくとも彼は、私たちの敵ではありません。確信してください」
「……え?」
「何故、あいつが、あなたをここに連れてきたか、考えていました。鷹久はあなたを守っているんです」
 ――その時である。
 すさまじい轟音を伴って、屋敷全体が、底の方から突き上げるように揺れた。思わず転げたなちを、晴次が受け止める。何だ、と能力者の反応で身構えて、二人は同時に、その目を瞠った。
「――ルウ、か!?」
 その力の感じは間違いなく、五十嵐ルウだった。晴次がらしくなく驚愕の表情を浮かべ、なちがその腕の中から我に返ったように飛び退いた。
「何だ、この揺れ……! 屋敷が大砲でも喰らってるみたいだ……!」
「屋敷自体にも八代の結界が張ってある筈です、そんな、突破できるものでは……というか、アイツは一体ここで何を」
 なちは今度こそ、部屋を飛び出した。廊下に沿って、部屋を囲むように結界が張ってある。が、それが今揺らいでいるのが分かった。屋敷にも結界を張っているなら、その結界がたぶん、おそらく、攻撃を受けている。しかも、たぶん、おそらく、いや高確率で、下手人は五十嵐ルウ。アイツ、あたし達ごとふっとばす気か!?、どうして、何があった!?と唸りながら、なちは結界の穴を探した。
 外に結界張り巡らせて、ここにも結界を張って、それにおそらく、遅くともなち達が京都の異変を知らされた時からそれは張られっぱなしだ。そして攻撃を受けているともなれば、たとい八代だろうが、限界を迎えていておかしくない。どこかにほころびがあっておかしくない。
 とりあえず、張り巡らされた結界の内側を、縁にそって走っていく。どこか、どこかに、穴があれば、なちの力でこじ開けられる。

 そうして目を皿にして駆けていたなちの視界に、ふと、黒い固まりが映った。結界、透明な壁を隔てて向こう側。ちょうど、硝子を一枚隔てているように、すぐそこにいるのに、触れられない所。その壁に背中をもたれて、黒ずくめの少年が座り込んでいた。
 八代あわいだ。

 最初、ぐっ、と心臓が締まった。驚きからか、極度の怒りなのか、よくわからないまま、なちは内側から結界を思い切り叩いた。透明な壁を隔てて向こう側の背中が、ゆっくり反応して、だがこちらを向こうとはせず、座り込んで投げ出した足の先がぴくりとしただけだった。こちらから見て、信じられないくらい、憔悴しているのが見て取れた。まるで迷子になって、さんざん彷徨したあと、疲れ切って途方に暮れているみたいな、そういうかんじだ。「お前……っ」と、怒鳴る声が震えた。
「お前、こんなとこで何してんだ。何で結界なんて張ってるの」
 八代あわいは答えない。黒毛の頭がすこしだけ動いた。
「守ってる相手が違うんじゃないのか……っ! なんでこんなとこで! ここから出せっ!!」
 とうとうなちが怒鳴ると、あわいは、やや間を置いて、蚊の泣くような細い声で「ことわる」と言った。
 その声を聞いて、ますますぞっとした。ほとんど生気がしない。なちは、どこか結界が弱る筈、という見込みが甘いことを知る。あわいは結界を弱めることをしない代わりに命を削っている。自分よりずっと小さなからだが、こちらが見ている間に弱っていくのを感じる。
「何いってんだ! なんで、ここまで……! どうして、他のみんなは!?」
「……もういない」
「ああ!?」
 もういない、だと。なちは京都で起きたことを必死に掴もうとした。「守ってる?」。五十嵐晴次も同じようなことを言った。鷹久はなちを守っている、と。
 すぐ目の前にいるのに、ほんの指先くらいのあつさの、透明な空気の壁が、八代あわいの胸ぐらを掴み上げることを阻む。
「……みんな、言っていたよ」
「え?」
「誰が……絶えても、七野は」
 『なちは生きていないとね』、と言っていたのは四家鷹久だけではなかった。一ノ瀬春木も、六東織里もよく言っていた。中でも九重刃音は、初めて会った時の第一声がこれだった。術家はこれから衰えてゆく。三条はすでに当主を失ってしまっている。四家もそう長くはない。でも、七野が全部覚えている。ずっと昔のぶんから、七野が覚えている。だから、これからは七野が大事なんだよ。
 『ルウと仲良くしてあげてね』、と最後に付け加えるのが、刃音の常套であった。
 ――『守っている』。なちは自分を庇ういくつもの背中に気づいた。その後ろで、無力に座り込んでいる自分にも気づいた。
「おれ、まだ新米の当主だけど、男の子だから」
 ぼんやりとした目で、中空を眺めながら、八代あわいは息を吸った。曇天に閉じこめられた湿った空気が口腔に、ひやり、とした。もう指先の感覚から無くなってきていた。先ほどの、屋敷を覆っている方の結界への攻撃が手痛い。さらに続けられると、過負荷が生体機能を凌駕してしまう。攻撃の波動は五十嵐家のものだった。五十嵐晴次はいま閉じこめている。当主のルウのほうだ。
 まさか、攻撃してくるとおもわなかった。だが、初撃のあと音沙汰がない。結界を破る目的なら、何故早々に止めを刺さない――?
「ふざけないで」
 背中を、結界ごしに、どん、と叩かれて、あわいは思考の海から現に引き戻された。七野なちが、すうっと大量の息を吸い込んだ音が聞こえたかと思うと、耳元で怒声が爆発した。
「あたしはみんなを見送るために、当主になったんじゃないっ!!」
 なちはふいに、足下に紅い本を見つけた、、、、、、、、、、、。さっき、晴次の部屋を出る時咄嗟に持ち出してきたのか、記憶があいまいだが、そのようなことを考える間もなく、反射的に、なちはその術本を掴み取った。五十嵐ルウが、神霊を喚んだ本。七野も知らない、大英帝国術士が書いた謎の術本。夢中でめくって、激情のあまり半分涙目になっていた視界に、ふと、なちでも読める文字が目に入った。視覚が得た情報は、脳みそを経由せずに、脊髄に反射して、喉から声が出た。
「『生々流転いきとしいけるもの こもごもるてんし』!!」
 なにを、と八代あわいが、ふらふらと視線を動かした。
「『戦乱在我せんらん、われをあらしめる』、『血流漂株ち ながれて しょをただよわせ』っ!!」
 

「ぶっ壊せ!! 神霊、レギナぁっ!!」
 
 

 
 


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プロフィール

林

Author:林
いらっしゃいませ
こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
主にネタメモ、突然ネタメモ

オタクなこととかやおいなこととかきもちわるいこととか普通に言います
やな人は帰ってください

●文芸部特別企画
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流離人外伝

第二弾(完走!09'12)
夢十夜

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