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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー外伝十九


 一応、つかさどっている分野が呪術であるので、「呪ってください」系の進言が無かったわけではない(とても少なかったが)。在野にいけばもっと俗っぽい呪い屋がごまんとおり、それらは別にあやしいわけではなくて、町民の間で町民風に即して変容した呪術の有り様である。だから、たいてい、俗な呪いはそういうところへ行く。俗でない呪いというものの存在の有無についての論議は、また別にあろうが。
 五十嵐は、人の感情に由来するような呪いはしない。だから、にくしみに由来し、丑三つ時にわら人形と五寸釘でやるようなのは、まさに、民衆が自分たちにも出来るように、呪いという文化を咀嚼して進化させたものである。呪いとは、元来、形而下ではなく形而上にあり、俗世ではなく、神仏の世に近いデバイスである。五十嵐は、古く伝統的に、こちらの「呪術」を承継する。
 それを承知で、呪いを恃むひとびとというのは、やはりというか、風変わりだった。俗ではない感じだった。それはどちらかというと、祈りの形にひどく似ていて――空をもっと、低く低くしてほしい、とか、この夏、雨を降らせてほしい、とか、双子を孕んだが凶兆なので、ふたりをひとりに還元してほしい、とか――なるほど、呪術と祈祷が古代において、役割を二分していないようだったのに理解を示したくなる。
 というか、われわれはよく似ている、と五十嵐ルウはおもう。我々というのは、全国に散る仲間達のことだが、どの術様も、なんだか根源に祈りのようなものを見る。
 われわれの起源を研究するのは、既に七野が代々やってきているが、いつどこから、われわれが、在野の俗な部分から分離したのかはまだ分からない。それは、呪術と祈祷が分化した時のように、とても穏やかに、無血に、袂を分かったのかも知れぬ。

 紅い本を見ていて、そのことを思い出した。その、血のように紅い色。でもその中身が内包している、穏やかで、平和な、分化の証。ああこういうふうに、共生でも・共存でもなく、並行して共に在る――coexist――ことができたなら。




ハルシオン・ブルー外伝 十九



 出来損ないのシキガミ、という、亘の比喩がふと脳裏にひらめき、その的確なのに、脳みそのどこかが冷静に感心のようなことをしている。それは、視覚から運ばれてきた衝撃を受け入れがたくて、頭脳に発生した真空状態の、静かな部分での情動。その真空が、時間をかけて徐々に空気を吸い込み、その気流が驚愕と焦燥を連れてくる。
 そのサムライは、いつもの空色の着物を着ていた。あたりは暗くなり始めていたので、その鮮やかなのが、周囲の景色から浮いて出ている。
 春木兄さん、と、蚊の鳴くような声で漏らしたのは亘だ。いまにも泣き出しそうな声だった。
 一ノ瀬春木は、その空色の着物以外はまるで別人の風体だった。あの真っ直ぐ人を見る炯眼は玄くよどみ、健康的だった肌色は白く、なにより、身体全体から発露される雰囲気が違いすぎた。誰からも、兄さん、と慕われた青年の影もない。まるで夜の薄闇が人の形になったように、胡乱で、生気もない。その空気に覚えがあった。
 ひとつは、あの黒衣の侵略者の気配。
 そしてもう一つが、それだけは、信じがたいのに、絶対に認めたくないのに、絶対に嫌なのに、脳みそは自動的に結果を算出している。それだけ見知った「術」の気配が春木から漂っている。
 「嘘やろ……」と、ユウヒが今にも地面に膝をつきそうなほど、憔悴した声で言った。
 そんな、
 そんな、馬鹿な、

「――……ウ、ツロ、……」

 『ウツロ』。九重一族だけが司る、死体を統べる高等呪術。
 その事実が提示するふたつの現実に、そこにいた全員から血の気が引いていく。
 今、目の前にいる、大切な、仲間のひとりが、死体、であるということと、
 その彼を操ることができる、唯一の人物について。

 ほんとうは、叫びだしたかった。とにかく、この腹腔を支配する、とてつもなく巨大な真空が恐ろしくて、こわくて、ありったけ叫びたかった。でも出来なかった。ルウは立ちつくし、亘は隣で膝から座り込んだ。ユウヒの手が震えていた。唯一、織里の白虎だけが、静かに、だが湧くように、低いうなり声を上げている。織里はその虎の喉を撫で、
「……どうしたの、春木?」
 と、聞いた。『春木』は何も答えない。だんだん夜の闇が本格的になってくる。薄暗いのがあたりをうようよし始める。
 「――……行くな、って、言いに来たの?」。織里が続けた。驚くべき事に、彼女の口元にはいつもの微笑みが浮かんでいた。優しい、だが揺るがない、六東織里の平生の顔。
「あたしたち、行くわよ。ぜったい春木達を助けないといけなかったんだもの」
 通して、と織里が言った。
 『春木』は引かない。というより、現れた時のまま、まるでぴくりとも動かないし、その瞳すら、地面の一点を見つめたまま揺らぎもしない。
 通してよ、と織里が言った。
 春木達を助けないといけなかったの。
 ――『春木』は引かない。だが、初めてその真っ暗な瞳が動いた。うろうろと空中を迷い、仲間達のほうに向き、それから、緩慢な動作で、腰に差してある刀の柄に手をかけた。
 そのとき。
 そのとき、四人の中で、誰より、比較的冷静だったのは、織里ではなかった。ルウだった。ルウが、「織里ねえさんっ!」と叫んだのと、六東織里が、「通せッ!!」と悲鳴のような声を上げたのはほとんど同時だった。
 素早く、残像を夜闇に残す電光石火で、『春木』と織里の間に白虎が滑り込んだ――春木の白刃が、これも白い残像を残して白虎の腹に突き立った。
 その白い電撃のようなやりとりに、ユウヒと亘がようやく失していた我を取り戻すが――ほぼ同時に、刀を抜き去った『春木』が一息にその気配をふくらませる――これは、と亘の背中から汗が飛んだ。この気配は、しまった、――と、思うや否や、『春木』の背中からまるで黒い鉄砲水のように、すさまじい圧力の『気配』が襲いかかった――これは!と、その水圧に瞬間、息すら出来なくなる。
 ――神父が持っていた、あの、
 黒い、気配!
 「ぐぅッ」と低くうめいたきり、ユウヒも身動きがとれなくなった。脂汗が一気に冷えて消える感覚。内蔵が一度に全部縮み上がるのを感じ取る。これが、あの、春木と亘を追いつめた神父の『毒気』か……!!
 その本流に飲まれて、術士たちは悉く沈黙、織里も例外ではなく、従えていた屈強な白虎が、蝋燭が消えるように簡単にかき消えた。
 
 あたりに夜がやってきた。
 圧力に負けて地面に臥している『仲間』たちを、その黒い瞳で睥睨し、空色のサムライだけが立っている。
 必死に掴んでいないと、どこかに行きそうな意識の緒を、なんとかたぐり寄せながら、呻いて、ルウは起き上がろうとした。だが出来ない。神父の持つ毒気はここまでだったか? いや、確かにわれわれに毒することは体験もしたが、ここまででは、なかった筈。
 『きっと、昔、この国の術士と、外界の術士との交流で何か、が、発明されたのかも』
 薄れていく視界の端で、『春木』が、地面に転がる紅い本を拾い上げるのを見た。思わず「あっ」と声が漏れる。ちらり、と彼がルウのほうを見たように思えたが、その暗い瞳は視点も定かではない。
 それは、ダメだ、持っていかないで。やっと僕のところへ帰ってきた、大事な本。
 みんなに、それからアイツに、繋がる、大切な……。
 



 暗転した。











 明転する。
 


 ひやり、と頬が感じた時、意識は獣のように覚醒した。突然光を受け入れた瞳孔がとまどい、脳みそが信号に混乱して、しばらく景色がぼんやりとつかめない。一番最初に知覚したのは、嗅覚が受け入れた畳のにおい。それから――頬に触れていた、包帯だらけの指先を、視界が捉えた。
「起こしてしまいました」
 指先まで布を巻いた手を引っ込めて、きまじめな声が言った。「どこかまだ悪いですか」、と続く。感情が薄い。気遣わしげでもない。ただ真面目だ。七野なちは、頭を振って、唇を舐め、もう一度あたりを見回した。そこは質素で何もない和室だった。なちは簡単な床に寝かされており、四方は障子が固めている。それから、自分の枕元にいた青年を確かめた。
「五十嵐の……」
 長兄です、と、青年が丁寧に頭を下げる。両脚が無い。数時間前、なちが仲間たちと救出したその人、五十嵐家の晴次だった。彼は満身創痍だった。左手は首から吊っており、右手は指先まで布で巻かれている。精悍な顔の半分もまだ包帯が巻かれたままだった。その癒えていない傷を見て、ふいに、ついさっきまで一緒にいた四家当主のことを思い出し、なちは本当の意味で覚醒した。枕元に座っていた晴次の制止も聞かずに、床を飛び出して障子を力任せに引き開けた。まず身体に染み込んできたのは、夜の気配だった。開けた先は、単に廊下があって、向かいの部屋の障子の白がせまるだけだったのだが、廊下の先の暗がり、なにより、余韻をともなって耳に染み込む静けさが、夜を伝えてくる。あのとき、四家の屋敷で鷹久に付いていった時は夕時だった。あれから数時間以上経っている。そもそも、鷹久に付いて、五十嵐ルウと別れて――それから先の記憶があいまいだ。どうしても思い出せない。
「七野当主、動いては……」
「うるさい、五十嵐がアタシに命令すんな!」
 晴次の声もはねのけて、なちは脳みそを回転させるのに精一杯だった。五十嵐晴次がいるということは、ここは久住院、京都の筈である。あの時、神父との戦いを任せた場所――だが、この静けさは何だ? 神父はどうなった? 何故鷹久にいさんはここに居ないのか、そして、彼が、仲間の傷を癒しもしないで放るなんて――。
 探しにいかなきゃ、何より、あのとき置いていった仲間を誰かひとりでも見つけなきゃ。京都が今どうなっているのか、それが今一番の謎で、自分はその渦中に来たのだ。探しに出ない手が無い。なちは廊下へ出た。後ろから、「七野当主」と、再び晴次の声があったが無視した。なちは五十嵐兄妹を好いていない。それより、今の状況が知りたい――。
 「七野当しゅ、――」。五十嵐晴次の声が途中でとぎれて、ドサッという音が続いたのはその時だった。無視するつもりでいたなちは、その音に思わず歩をとめて振り替えざるを得なかった。なちの視界に入ったのは、姿勢を崩して倒れ込んでしまっている晴次である。なちを追おうとしてそうなったのはすぐ分かった。彼には両脚が無いし、さらに今は両手までほとんど使い物になっていない。傷に響いたのか、微かに呻いてから、起き上がろうとするが、手が使えない。何かものを考えるまえに、なちの両手が伸びていた。肩を貸すと、申し訳ない、という声が小さく呟かれた。
 瞬間、息が詰まった。そのとき、なちが支えていたのは、五十嵐晴次ではなくて、故郷のきょうだいの誰かだった。皮膚一枚ぶんの感覚だけが脳を駆けめぐった。逆説的に、自分が、当主である、という、鋭い閃光のような思いが胸中に射した。
 首を振る。だが、目の前にいるのは、五十嵐晴次だ。やっぱり、いけ好かない。五十嵐はだめだ。五十嵐は嫌いだ。晴次を助け起こして、床に寝かしなおして、布団をかけながら、なちはひたすら唱えるようにそう思っていた。
「それに……結界が張ってあります」
 なちに寝床に引き戻された晴次は、七野当主の言動と行動の不一致にポカンとしていたが、我に返ったようにして言った。「あぁ?」と、女子にあるまじき声で唸るなち。
「この部屋は結界に囲われています。出ることはできませぬ」
「あー!? 最初にそれを言えっ!」
 いや、待て。なちはそこでぐっと押し黙った。結界だと?
「……八代のチビ!」
 ――あいつも、消息を絶った京都勢のひとりである。ああ、その当事の場所の、真ん中にいるのに、動くこともできないなんて! なちは、本気で地団駄を踏みならしたい心地だった。しかも目の前には五十嵐。周りには八代の檻。最悪だ。
 鷹久にいさんはどうしたのだろう。本当についさっきまで一緒にいたのだが、突然、本を真ん中から引き裂いたみたいに記憶が切れている。何で、あたし、こんなところで置いてかれてるんだろう――考えれば考えるだけ、金切り声で怒鳴り散らしたくなる。誤魔化すように首を振り振り、唇を噛んで――そこでふと、視界の端に、紅い残像を感じて、動きを止める。部屋の隅だ。

 紅い本があった。












 四人を助けたのは、六東の家の者たちだった。
 いつまで経っても連絡がちかないのをいぶかって、織里の実弟である律人を筆頭に五十嵐に飛び、倒れている四人の当主を発見、保護して、吉野の山に避難したとのことだった。ルウが目覚めた時、時刻は夜明けごろだった。吉野山には古くから多くの鄙があり、そのひとつにいた。身体が信じられないくらい重かった。引きずるように起こすと、そばで看病をしていてくれたらしい少女が、気遣うように背中を支えてくれた。
「お気づきに。お水をお持ちしますね」
「……きみは……」
 黒髪の、桃色の着物姿の少女だった。年の頃は十二、三だが、真っ直ぐ人の目を見て話す、その強いまなざしが兄に似ている。「一ノ瀬春花です」、と少女は頭を下げた。
 ルウの息が詰まった。それは、覚醒にしては、ジワジワといやみったらしくやってきた。じっとりの背中から、脂汗が、思い出したように浮き始めた。ああ……、と吐息が漏れた。
「他のみんなは……」
「あちらに。あっ、ルウくん、早くユウヒ先生に会ってください。すっごい心配してて、怖いくらいです」
 一ノ瀬春花は一度も兄の所在について言及しなかった。それは後ろめたい気配はなくて、こちらが見ていて、胸のすくほど、清々しい信頼感に満ちていた。言えなかった。言えるわけがなかった。こんな健気な少女の前で、ただでさえ、自分でも認めたくないのに。
 隣の部屋に織里がいた。声をかけると、あら、起きたの、と微笑み、ルウの髪の毛を櫛で梳いてくれた。織里ねえさんの、怒鳴り声、初めて聞いたよ、と囁くと、やだ、ルウちゃん、忘れてよ、と笑った。お願い、忘れて、忘れてよ、と織里は独り言を繰り返して、ルウには、それが、忘れたい、忘れたい、と泣き言を言っているようにも聞こえた。
 奥の部屋には、ユウヒと亘がいた。亘はまだ伏せっていて、それをユウヒが看ていた。ルウに気づくと、「オウ」と曖昧に一瞥して、すぐに視線を亘に戻した。
「まだ起きないの」
「身体弱っとる所に、精神的にシンドイの食ろたんや。ま、休ませるのにはエエ機会やろ」
 と言って、亘のフワフワの頭を一度ペシッとはたく。亘は深く眠っているらしい。寝息も聞こえない。
「ユウヒ、ぼくのこと心配してたって、本当?」
「ちゃうわ、ボケ! オレァ春花ちゃんの心配をしとったんやっ、お前の心配なんぞするかい」
 それから、ユウヒは、ぼそりと、「お前、一人称、戻ったな」と呟いた。
「え?」
「昔にもどった。六年前に」
 ああ、とルウは口元に手を当てて、天井をあおぎ、そうだね、と息を吐くように言った。ユウヒだって、本当はずっと前に気づいていて、そしてそれを口に出すつもりは無かった。変わったんやなぁ、と、ここ数日さまざまな決意をしあっていたなかで、そう思っていた。
 昔に置いてきたものを拾いに戻る作業。退化のベクトルをした進化。
 しばらく沈黙が続いた。ルウは幼なじみに近づいた。そしたら、絞るような声で、ユウヒが「見んといて、」と漏らした。
「こっち、見んといて」
 背中合わせに座った。ユウヒの丸まったせなかの、背骨の感触がする。ルウは、幼なじみの、その、震えもしない、声も上げない、信じられないくらいによく押さえ込まれた慟哭を、彼の脊髄の中から感じていた。

 一ノ瀬春木が死んだ。



















どうでもいいはなし
①春木妹は、以前男勝りだったルウのことを男の子と勘違いして爾来「ルウくん」と呼んで、みんなが訂正してもなかなか治りません。
②なちを晴次の所へ運んできたのは八代のおちびです。
③生ハムメロン食べたい
 


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Author:林
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こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
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