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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー外伝十八

 マスター、と呼ぶその声に、奇妙なむずかゆさを覚えたのはいつの頃からだっただろう。
 そもそも、彼と一緒に過ごした日数自体がほんのわずかの話だ。一週間も一緒にいなかった。結構後になってその事実に気づいて愕然としたものだが、ほんとうに、ほんの一日二日で、僕は、彼の声だけでおかしくなるくらい、変な具合になっていた。成熟した(兄のような)低い男声ではなかった。だが、幼なじみの亘やユウヒのような、まだ高音が残る男子の声でもなく、やけに元気がよくて、色に喩えれば原色のようなはつらつとした感じだった。
 彼の声を聞くと、内臓の奥の方が熱を持って、なんだか気持ち悪くなってくる。甘酸っぱいとかそういう次元ではなくて、とにかく、吐き気一歩手前の症状に見舞われる。
 水色の髪の毛を見るだけで、ぼおっとしてしまう。これでどんな風に景色を見ているのだろうと不思議になるくらい色素が薄い瞳も。足音も、白い指先も、腰掛けた時に見える背骨も、靴の先っちょまで。
 ものすごく戸惑った。だって、あきらかにおかしい。異常事態だ。ヘンである。不可解すぎる。その症状の名前も分からないし、対処の方法も。ユウヒか鷹久にいさんに聞けばわかるかも、と思ったが、その先を予想して、どちらも願い下げになった。
 いっそ、彼本人に聞いてみるのはどうか。彼は、様々な時代の、様々な国に召喚されてきた、最高位の霊である。一応。たぶん知っている。だが、切り出し方に悩んだ。「最近、オマエを見てると、なんかヘンになる」と言うべきか?それはなんだか、わけもわからず、僕の自尊心に障った。
 兄様に聞くなんてさらに出来ない。……僕は、ぼくの近い周辺に、こういう、どうでもいいことをどうでもいい感じに切り出せる人間がいないことを密かに恨んだ。ああ、刃音が、僕の家の隣に住んでいたら!
 
 ――……いったいさっきから、百面相して、なにが楽しいんだ、マスター?

 ――ぎゃあ!!

 ――なんだ、幽霊が出たみたいに。……幽霊だが?

 ニヤニヤして、僕のシキガミが立っていた。僕の耳元のすぐ近くに奴はいたので、僕は思わず彼を殴り倒さんという勢いで突き飛ばしてしまった。そしてそのあと喧嘩に発展した。

 結局言えず仕舞いだった。分からないままだった。この数日後に彼は消えてしまった。
 だが、僕の中には今、彼の記憶がある。いつもはそっとしまってある。フタは意識して閉じてある。いつかそこの扉をノックして、ねえ、こんなに苦しかったんだけど、どういうわけか、教えてくれる?と、聞いたら、たぶん答えが返ってくる。彼はニヤッとする。

 ――ああ、なんだ、マスター。実に簡単な答えだ。それはな……





ハルシオン・ブルー外伝十八



 五十嵐の屋敷は、最後に見た時のままだった。つまり、神父にめちゃくちゃに瓦解されたままだった。さすがにくすぶっていた煙は居なくなって、あの騒がしさの代わりに、疲れたような沈黙に満ちていた。時間が既に夜に近かったのもあるが、それは、四家の土地にあったような、神域のような静謐ではなく、六東のあの喧噪でもなく、久しぶりに帰った当主を嘆息と共に受け入れる老人のようで、なにやら居やすかった。
 織里の西瓜丸から飛び降りるや否や、ルウは敷地の端にある蔵へ直行した。ユウヒや亘はそのあとを走って追いかけねばならなかった。ユウヒの、「待てコラ」という怒号も全く無視して、ルウは何かに憑かれたように蔵へ向かった。彼女の頭ほどの大きさと、掌ほどの厚さを持つ錠前を前にして、なんの躊躇もなく、符術でそれを破壊する。夢中になった五十嵐ルウは恐ろしい。六年前からその認識はさらに深刻になったと思う。当主達はその、殆ど殺気のようなものを放っている背中を見ながら思っていた。
「あんな! オマエの言うその本、それから見つからんと言っておったろ!?」
「うん。そのときはね」
 ルウは振り向きもしないで、蔵の中をあさり始めた。その手先は、目的物以外全く頓着していないようで、他の蔵書や、所蔵のものは引っ張り出しては放り投げ、積み上げられた本は崩していく。なちが見ていたら殺されかねない。亘は急いで蔵の換気窓を開け、ユウヒは洋燈に火を入れ、織里は珍しそうな置物を楽しそうに見ている。
「そのとき!?」
「きっと、そのときの僕には必要じゃなかったから見つからなかったの。あの本、そういう本なんだよ、きっと。今思うとそんなかんじ」
「あら、古いまじないね……」
 そうかも、と織里の見解に短く頷いて、本の海をルウは掻き続けた。
「今思えば、あの本の文字は英語だったの。あの時は、知らない言葉だとしかわかんなかったけど。古い英語のまじない書で……そこに……殴り書きで、漢語の詠唱が書いてあったんだ」
「――……何で、ここの蔵に異国語の本なんかあったんだろう。どうやって手に入れたの?」
「うん。一度、僕らが大結界を創る以前に、異人を受け入れた時代があったから、その時のものだと思うんだけど」
「そん時、この国の術士と、外の術士が会ってたちゅうことか」
 あら、まるで、今の状況みたいだわ、と織里が微笑みながら呟いた。ただし、状況はずいぶん違ったようだ。今、日本の術士は外界の術士・神父と敵対しているが、一時代前は、読本を残していく程度の仲ではあったということになる。
「そこに殴り書きしてあった一節で、僕は神霊を呼んだ。ほんとは、もっとたくさん、大変な苦労をしなくちゃいけない、神霊召喚ができた。きっと、昔、この国の術士と、外界の術士との交流で何か、が、発明されたのかも」
「……もし、そうやったとして、それが、オレ達の状況の何を進展させるっちゅうんや」
「京都で何が起きたのかわかるかもしれないってことかしら」
 それも、あるし、とルウは相変わらず、話し相手に背中を向けたまま、呟いて、
「なんか、あらゆる問題と、分からないことの、その端っこを掴めそうな、気がするの」
 もうもうと埃が舞っていた。採光窓から、夜の藍色が蔵の中にしみ出していた。あの日は昼間だったな、と思う。五月晴れの日で、汗で体はべとべとしていて、埃はもっとねちっこく沈殿していた。ルウはそんなことを思い出していた。探してもいないのに、あの紅い本を見つけた。探してもいないのに――
 ぴたり、とルウは動きを止めた。今度は何だ、といぶかる当主達の前で、今度はきびすを返して、五十嵐当主は蔵を飛び出していった。「はっ!?」と絶句する二名当主に、亘は「ちょっと」と追いかけ、織里は「あらあら」と首をかしげている。亘は追いかけようと駆けだして、でもすぐにその足を止めた。飛び出していった少女は、蔵の入り口のところで立っていた。どうしたの……、と、声を掛けようとして、亘は、自分の、五感の枠を外れた何かが、急激に冷えるような、ぞくっという、音を聞いた。
「あった……」
 まるで待ち受けていたように、蔵の出口の、つまりルウが立ちつくしている、すぐそこに、紅い綴じ本が落ちていた。いや、なんだか、置いてある、という風情だった。来た時はなかった。だって蔵は錠がかかっていた。さっきルウが、本を放っていた時のごたごたに紛れて、ここに居るのか。
 それはしたたるような紅だった。本当に、何故気づかなかったのかと疑うほどの存在感で満ちていた。触れたら火傷をしそうだった。
 最初に動いたのはルウだった。それを優しく拾い上げた。埃まみれの自分の手を衣服で清めてから、表紙に手を置いた。温度を計るような仕草だった。ユウヒ、亘、織里はそれぞれ、ルウの後ろについて、それを開かれるのを待った。廃墟の夜は不思議な静寂に満ちていた。ルウが本をめくった、ぱらり、という紙擦れの音さえ、耳に響いた。
 そこに書かれていたのは確かに異国語であった。紙と綴じ方が和風なので違和感がある。文字はブルーインキのペンで記されている。紙は黄ばみ、紙魚が巣くい、ページは手繰るごとにぺりぺりと不思議な音を立てる。ルウ以外の当主達は当たり前のようにその異国語を解さなかった。貿易をつかさどり、なおかつ、異人のシキガミの記憶を承継した五十嵐ルウだけがそれを操れる。
 五十嵐ルウはあるページで手を止めた。ブルーインキは文字列から難解な図形になっている。その間に割入るように殴り書きがある。正直、へたりこみたい気分だった。ああ、と吐息が漏れて、体の中心が酸欠になる。
そこに六年前と変わらない、謎の文字列があった。漢語である。五十嵐ルウが、神霊を呼んだ、あの正体不明の詠唱である。
 マスター、とどこかの記憶から声がする。それは、めいっぱい、息をするのも忘れて、思考の歯車を回し続けていたルウの脳みそを優しく融かした。一瞬気が抜けるともうだめだった。水が染みるように、ルウの緊張の糸の間を水色の風が吹いた。後ろから幼なじみたちが、気遣わしげにルウの名を呼んだ。でも反応できなかった。六年前の初夏が全部ルウの肩にのしかかっていた。大結界を壊した夏が。
 もういない。もういない。たぶん、もう呼べない。そんな気がする。そういう時じゃない。僕がアイツに会いたがっている時じゃない、僕はいま、京都のみんなを助けたい。
 ……「自惚れないで」と、真っ直ぐな目で僕に言ってくれた、親友の元に行かねばならない。
「……ルウちゃん? 大丈夫?」
 気づけば、織里が、ルウの双肩を抱きしめていた。「あっ」と、何かにつまづいた時のような声を出して、ルウの身体が震え、紅い本を取り落としそうになって、それから、「うん」と、とってつけたように首肯する。
「大丈夫……。ちょっと、前のこと思い出した。そういう場合じゃないね、ごめんね」
 ユウヒがそこで、大げさに嘆息して、「それで」、と大きな声を出した。「何か解ったんか」。
 それは多分助け船だった。ルウは、とても自然な流れで、その場が切り替わるのを感じて、内心肩をすくめながら、「あのね……」と切り出した。
「これ、神霊の本だよ。百年くらい前にこの国で書かれてる。書いた人は多分、大英帝国圏の魔術者」
「異国の神霊ってことは……神父のこと、なんかわかるんか!」
「うん。よく考えるとなんかヘンなんだ、アイツ、神霊なのは確かだと思う。神霊は本体があるから、いっぺん消えても、アイツは呼ばれればまた出てくる。だからアイツ、自分は僕たちには殺せないって言った。でも……」
「ああ……そうか……! 神霊の召喚には、何百人の生け贄か……大術士が生涯を掛けるくらいじゃないと……」
「そうなの。そんなに、すぐさま召喚し直される筈ないんだ。僕の場合は……奇跡みたいなものだったと思うし」
 でも、ハッタリじゃなかったわよね、と織里。それには、ウン、と頷いて、ルウは紅い本を一度閉じた。
「アイツは神霊だよ。でも、誰かが呼んだんじゃなくて、自分で来たんだ(、、、、、、、)
「はァ!? どういうことじゃ!」
「神霊はコッチから呼ぶ時はたくさん犠牲が必要だけど、向こうから自発的に来る時は、そんなの要らないんだって書いてある。僕たち、そもそも最初の情報が間違ってたんだ。アイツ、異国が僕たちを征する為に呼んだんじゃないよ。自分で、自分の目的のためだけに来てんだ」
「えっ、ちょっと待って……! おれたちの敵は、じゃあ、外洋じゃないの……? それに、じゃあ、官軍は、誰にそそのかされているの……?」
 おれたち、誰に攻められているの、と亘が震える声で言った。ルウが噛み締めるように続ける。
「僕たち、最初、外洋つまり神父の勢力と、術家、あとこの国の三勢力で考えてたよね、でも、たぶん神父は単独勢力で、外洋は無関係だ。そして、神父以外は、あと、僕たちと、京都のみんな、それから官軍の三勢力でしょ」
 あれっ、と声を上げたのは亘である。ユウヒはすごく難しそうな顔で口元を押さえている。亘が理解する前に正しい盤面に気づいたのであろう。それは、しまった、という顔だった。
「なんやねん。この構図、外洋から見たら、オレたちの内戦(、、、、、、、)が都合良く起こってるだけやんけ……!」
「……この状況に持ってくことが神父の目的ね。敵城落とすには最高の好機よねぇ~」
「え! じゃあ、待って! もし、今が攻めの好機って気づいた外洋がさ、来たら!」
 大結界はもう無い。抑止力となっていた術家は二派分裂状態、官軍は出払っている。ここで戦争が起きたら間違いなく負けるのは自明だった。
「くそっ、出し抜かれたっ! 各地の術家は今もぬけのカラやで、鎮守台も探題もやっ! とにかく――はよう、オレ達が立て直して――京都のみんなをまずどうにかせんと……」
「いや……京都には行けない。八代の結界は僕たちにはどうしようもないよ。だから、僕たちは官軍をブン殴りにいこう。それで敵は外洋に有り!って言う」
「信じて貰えるかしら?」
「僕らの正統性が、まだ力を持つのなら」
 ダメだったら実力行使ね、と、織里が物騒なことを言いながら、愛獣達を封じた呪符をひらひらさせた。先ほどからのめまぐるしい展開に、常に一定のテンションのままなのは彼女だけである。その状況把握能力というか、とても良い意味でのあきらめの良さみたいなものに、ルウは内心恐れ入っていた。動揺や当惑はバサバサと切り捨てて、次々起きることに順応していく。ああ、織里ねえさんはいつまでも織里ねえさんなんだろうな、と、思ったら、ざわついていた心中がやや落ち着いた。
「でも! それが最善策なのは解るけど……! 春木兄さん……」
 心配だよ、と泣きそうな声で亘が付け加えた。ユウヒも唇を尖らせてものすごく不機嫌そうに舌打ちする。何かを言いたそうに首を振って、一瞬ルウを睨み付け、鼻をこすって、大きく息を吐いた。
「でも、オレら、当主やもんな。やいやい言うてたら、示しが付かんか」
 ――オレも、そうする!!と、大きく叫んで、ユウヒは真っ直ぐないつもの瞳でルウを再び睨んだ。ルウは、ニヤリとして返した。ああ、ここ数日、こうして決意しあってばかりだ、とルウは気の遠くなるような、不思議なまぶしさに満ちた郷愁を鼻の奥で感じた。亘も、自分を納得させるように首を振って、大きく息をつく。
 行こう、という、声無き決意が四人の間の空気に滲んだ。その空気に、ひらり、舞い込むように、感じ覚えのある空気が舞い込んだ。それは、神父がまとう、あの、空気だった。四人が一斉に目の色を変えて、気配の方へ振り向いた。ユウヒが三人を庇って前へ出た。そして、神父の気配をまとって現れた人物に瞠目した。亘が嗚咽のような声で漏らした。
「春木兄さん……」

 


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Author:林
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こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
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