Featuring

毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
05


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハルシオン・ブルー外伝十七




「ルウ。俺を喚ぶなんて、君はけっこう、すごい」

 ――「すごいんだぞ」。




ハルシオン・ブルー外伝
十七




 降り立った時、子供達の反応があんまりに予想通りだったので、逆にいじらしくなった。そういう感情を抱いてる自分にも嘆息ものだが、心の大部分はそういう冷静で普段通りの自分に席巻されている。折り合いがつかないものだ、と思って、鷹久は故郷の土を踏みしめた。森のにおいが濃い。自分はこの土地の支配者だが、今だこの草いきれの暴力的なのには敵わないと思う。
「オッサンんちの者はね、いいよ、逃がさなくて。ゴメンね、せっかく来てくれたのに」
 でも、と声を上げたのはなちの方だ。ルウは、ただその利発な瞳で鷹久を見ていた。彼女は時々そういう賢者の目をする、と、鷹久は認知している。普段は、というか、本質的にも、五十嵐ルウはとても素直で良い子だ、思っていることがそのまま顔に出る。やろうと思ったことはやろうとする。でも時々、その瞳に、見知らぬ悠久の賢者を見る。あれが噂に聞く神霊なのかな、と思って、微笑み、
「俺は、九重に全部ついてくって言ったじゃない? だからいいの。俺の一族もそうすべきだからさ」
「鷹久兄さん、そうだ、刃音さんが、……神父は、どうなったんですか!?」
 考えてから言葉を発する余裕がないのだろう。なちの問いは支離滅裂だったが、鷹久はそれに微笑で返した。
「刃音ちゃんが消したよ」
 そのとき、「鷹久にいさん」、と言ったのはルウだった。だが、鷹久をして瞠目を禁じ得ないほどその声は別人のように低かった。地を這うようではないのだが、まるで高みから見下ろす人成らざる者のような落ち着きがあった。
 だが、もう一度「鷹久にいさん」、と呟いたのは正真正銘のルウだった。若干泣き声混じりで、悔しそうで、頬が真っ赤になっていた。フゥン、と鷹久が感心したように呟いて、なちは眉をひそめていた。そのとき当主達が共有したのは、五十嵐ルウという存在の不安定性と底知れない何かだったと思われる。
「どうしたの、ルウちゃん。……さァ、一緒に京都行こ。今朝言ったじゃない? 一緒に戦おうってさ」
 なっちも、と微笑んだ鷹久に、なちが恐縮するように「はいっ」と肩を跳ね上がらせて、四家当主の元へ走り寄った。なちが仲間八人のなかで一番信用しているのが四家鷹久である。ルウは、ああ、そうか、あれは今朝の話だったな、とどこかで思う自分を感じながら、白髪の男に首をかしげた。
「ねェ……鷹久にいさん。どうやってここまで来たの?」
 えっ、と声を上げたのはなちだ。そういえばそうだ、とも言いたげに細い顎をさすり、童顔が一気に賢そうな面立ちになった。術士のなかでも移動の術を使えるのは、三条亘を筆頭に、六東織里、そして七野なちである。それ以外の術士は、五十嵐・二名は例外にして、だからこそ、京都に残ったのだ。
 京都の九重の屋敷から、ここ、出雲の四家の屋敷まで、当たり前のように、数時間で移動できる距離ではない。
 四家鷹久はその質問に大して動じなかった。いつものように口の端を上げて、九人のなかで一番穏やかな笑顔を浮かべ、口を開いた。
「きみは、御当主を信じないのかい」
 その問いが含んでいたあらゆる意味合いを、そのとき完璧に分析できていたら、もう少し違う進退があったと思う。しかし、そのとき、鷹久はあまりに言葉を省きすぎていたし、ルウとなちには現状の情報が欠けていた。その噛み合っていない問答の答えは、草いきれに駆逐されていった。
「新しい時代が来るよ。五十嵐ルウ、きみを先頭にして」
 鷹久の深い色の瞳が、彼が術を使う時のようにフッと暗くなった。それから、じゃあね、というふうに首をかしげて、鷹久はなちの手をとる。びっくりしたように肩を竦ませたなちにほほえみかけて、鷹久はひょいと空中に手をかざした。すると、あっという間に姿を消した。その感じは、神父の現れ方によく似ていた。消える直前、なちが何かを言いたそうにルウを振り返ったが、結局、鷹久の手を握っていた。
 ひとりになった、その途端に、この数分で外部から運ばれてきたあらゆる情報がルウの脳裏で暴れ始めて、耳の奥が居たくなった。心臓の鼓動一回ずつに合わせて、汗がどろどろと出てきて、指先から感覚がなくなった。六年前に、自分のシキガミが敵として目の前に立った時の感覚に似ていた。
 刃音が政府との戦争の火蓋を切った。
 神父は消えた?
 鷹久が使えないはずの術を使った。
 そこに神父の影を見る。
 なちが連れて行かれた。
 刃音が約束を違えた。
 猛烈に泣き叫びたくなった。形容するなら悔しい類の感情だった。胴間声で叫びたくなった。四家の、草いきれの横暴なのが、その衝動を殺してくれていた。四家の森はただ穏やかだった。その、さわさわという音が、故郷の竹林の葉擦れに似ていて、そして、その緑の記憶が、青い記憶を引っ張ってくる。アイツなら何か分かる筈だ、そうだ、神父もアイツと同じ格のいきもの、なのだから。
 だけどアイツはいない、六年前に消えた。僕が持っているのはアイツの記憶と知識だけだ。
 ――誰かが、もしくは、何かが、僕の仲間になにかをしたのだ、という確信はあった。京都で、僕らが彼らと離れた数時間のうちに、何かが起きたのだ。あの、僕らの偉大な刃音すらも巻き込んだような、何かが。
 『新しい時代』がくる。
「……僕を先頭にして……」
 今朝まで、その暴力的な侵攻の先頭は神父だった。鷹久の言葉は、神父対術家ではなく、ルウ対術家の構図が新たに出来たことを示していたように考えられた。今の状況は、もしかして、政府対術家でもないのかもしれない。何か意図がある。鷹久は冗談と方便は使うが嘘は吐かない。
 ふわっと、それまで森に吹いていたのと違う気色の風がルウの背中を撫でたのはそのとき。反射的に空を仰ぐと、同時に柔らかな風が暴力的なのになり、背の高い木々が冗談のように反り返り、そこに一頭の白虎が現れた。
「織里ねえさん!!」
 ルウの声と同時に、白虎がそのたくましい四肢で着地した。着地は優しく、背中に乗り合う人々を気遣うものだった。
 ルウ、という声と共に、白虎の背中から降りてきたのは、織里と、亘、そしてユウヒの三人であった。
「ユウヒ、亘も! ユウヒ、お兄さんは!? 織里ねえさん、僕んちと、亘んちは……」
「冬月さんはもう吉野の山にお連れしたわ。五十嵐と三条には、あたしの家の術士を置いてきた。もちろん吉野にも」
 とにかく、家の人達のことは安心して、と織里は続けて、それから、と言った時、そのあとをユウヒが次いだ。数時間前に別れた時よりひどく疲れてるようだった。肌の見える部分には擦り傷が目立った。
「オマエも聞いたやろ、刃音さんの事は」
 一瞬間をおいて、ルウは、ウン、と頷いた。「今、鷹久にいさんがなちを連れて行った」。
 そのときの三人の反応は、何だと、と驚愕することもなくて、ああ、やっぱりか、という絶望のようなものが返ってきた。てっきり驚愕されるものと思っていた(少なくとも、ユウヒからは『なんだと』程度怒鳴られると思っていた)ルウは、その反応にゾッとして、どうしたの、と聞いた。
「オレと亘は、ハル兄に会った」
「春木兄さんに!? 何か……京都のことは!?」
「どうもこうもあらへん。あんなん、ハル兄やなかった……」
 えっ、と、ルウが沈黙すると、今度は亘が「あのね」と切り出した。その顔には消耗がみられた。予定以上の回数の術を使ったのだろう。もう彼を治療できる者がいなくなったかもしれない、という、彼らの見解を推測できた。なぜなら、亘に術を使わせずに織里の虎で遠方から移動してきたからだ。彼らも何となく想像していたのだろう、京都に残った仲間に何か不気味なことが起きている、と。
「あのね……春木にいさんね……おれたちのこと、全然知らないみたいな感じだったの。おれたちが何を言っても何も返してくれなかった。ただ、国軍を斬って捨てて、それで、何も言わずに消えちゃった」
 まるで、出来損ないのシキガミみたいだった、と亘の声が震えた。
「あんなの、春木兄さんじゃない……」
 『消えた』だと、とルウは先刻の鷹久を思い出した。そうだ、あの消失の仕方と、伴う雰囲気は、あの気味の悪い銀髪の男の気配がする。春木も鷹久も移動の魔術は使える血筋ではない。
「シキガミも京都へ行けないわ」
「え?」
「送った子みんな消されちゃった。たぶん京都の久住院に大きな結界が建ててあるのね」
 八代か、とユウヒが唸る。
「八代家の結界なんか、大結界に近いもの……。おれでもみんなを連れて通り抜けるのは難しいよ」
「何が起きてるんや……! わからんことばっかや!」 
 ユウヒが吐くように言って、頭を掻いた。四人に等しく確信のあることといえば、京都の仲間に何か不気味なことが起きたらしい、ということだけ。そしてそこに明滅する神父の影。ルウは息の詰まるような四人の顔を見て、それから、耳の奥に響く葉擦れの音が心に侵入するのを感じていた。ざわざわ、ざわざわ。心臓の調子が、ちょうど、それと似ていた。それから、故郷の竹林にも。
 さっきも。
 さっきも思い出した、水色の記憶。ダメなんだって、この国を新しくするためには、頼っちゃだめなんだって、封印した筈の、「アイツ」が静かにこちらを見ている。葉っぱのさざめきの向こうに点滅する。
 何年も前の、五月のある日、蔵で見つけた紅い本。あの後いくら探しても探しても見つからなかった。あの本の中身は奇怪で、異国語で書かれていて、そこに「アイツ」を呼ぶ詠唱が――。
 まてよ、と、理性が、よく通る不思議なささやきを投げた。
 神霊を呼ぶ詠唱が書かれた綴じ本。事後は忽然と消えたあの紅い本。
 ――それは、もしかしたら、封印した神霊の記憶が、ルウにささやきかけたものだったのかもしれない。でもとにかく、五感の外で、ルウは、その紅い本に今なら会える、という、声を聞いたように思った。あの日、あの五月の日、まるで惹かれるようにあの本を見つけたみたいに、今、あの本に会うべき、という。
 全身が冷える。どっと脂汗が出る。「みんな、」とルウは長い沈黙の後言った。
「僕んちへ行こう」
 ハァ?、とユウヒ。亘と織里もきょとんとする。
「僕の神霊が呼んでんだ」

 
 耳元で囁く。『俺を呼んだのは、』――。
 


Comments

Leave a Comment


Body

プロフィール

林

Author:林
いらっしゃいませ
こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
主にネタメモ、突然ネタメモ

オタクなこととかやおいなこととかきもちわるいこととか普通に言います
やな人は帰ってください

●文芸部特別企画
第一弾
流離人外伝

第二弾(完走!09'12)
夢十夜

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
手書きブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。