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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー外伝十六


 術家にはどうしても抱えざるを得ない負債があり、どこの屋敷にも必ず、なにか、薄暗いものがある。たとえば、六東家のような、そういうものが全くない家も特例であるが。その薄暗いのは、大体湿り気があって、死ぬ寸前の老人みたいな、どうしようもない退廃的なにおいがする。二名ユウヒは大体そういうところに生きている。屋敷の薄暗いところにいるのは、当主と血を分けたきょうだい達で、その悉くが身体的に欠損している。医者のユウヒはそういうところに寄生する。

「鷹兄ー! 来たでー」
 四家の屋敷は、出雲を抱える中国地方の、宍道湖のあたりにある。山間深く、森の奥の方に、仙人でも暮らしているような隠れ庵があって、そこに一族が暮らしている。俗世の匂いはほとんどしない。煙るような森や露のにおいしかしない。四家の屋敷は、屋敷というのも憚られるほど小さい。各地の術家が強大な力を持ち、それを示して屋敷が大きなのとは対照的である。
 下のほうは苔むして緑っぽくなっている木戸を叩くと、「はいはい」と、向こうで馴染みの声がして、いつもの紫の着流しの青年がひょいと顔を出した。「いらっしゃい、先生」。
「悪いね、俺が出向ければいいんだけど。でも先生んちさァ、ほとんど修験道なんだもの。やっぱ行けない。オッサン行き倒れちゃう」
「そりゃぁそうじゃ。医家たるもの、日々肉体を鍛えなば、示しがつかん」
 四家の屋敷の中も、隠れ庵の外観を裏切らない。質素で、どことなくひんやりしていて、部屋の隅という隅に、濃い緑色の暗がりが巣くっている。森の中なので日当たりはあまり良くない。しんとした空気が暗がりを統制している。本当に仙人か世捨て人が住むような場所だ。二名の家によく似ているので、ユウヒはここが苦手ではない。二名の家も険しい山道を越えたところにあり(修験道、と鷹久が愚痴っていたのはこのことだ)、ほとんど曹洞宗の古寺みたいな様相をしている。
「どうじゃ、鷹兄。御役目をあの跳ねっ返りがぶっ壊して五年になる。あんたら一族には、なんの変化も出ぇへんのか」
「そうだねェ……オッサンの世代は影響は無いんじゃないかな。晴ちゃんの脚が生えちゃ来ないみたいにさ。きっと次の世代の術士達こそが、何も背負っちゃこないのさ」
「……役目が無いのがええことか、悪いことか、天秤に掛けると、微妙な塩梅だが」
「しかし、きょうだいの犠牲はもう無くなるでしょー。普通の人民に紛れ込む術が手に入るならさ、旧慣になろうがどうとでも生きてゆけるさァ」
 ずいぶん楽しそうに語るが、自分を含めてきょうだい血族はもう今生では、今までの生き方も新しい生き方も出来ない。ユウヒはいつものようにヘラヘラすら鷹久の白髪を一発ひっぱたきながら、荷物から薬包紙をいくつも取り出した。「ホラ、今月の分や」。
「あいたた……あぁ、どうも。先生の薬が一番効くんだァ」
「当たり前じゃ、オレを誰だと思うてるん」
「なっちがさ、先生の医術だけは、模倣できないって、ぷりぷりしてたよ」
「七野のちびっ子か。会ってないのう。正月でもないと、なかなか全員集合せんからな」 
 俺達の家、もっと近いといいんだけどねェ、と鷹久がぼやいた。
「ご先祖が鎮守の為に各地に散ったんだったらさァ……もう、戻ってきて一緒に住んでもいいのにねぇ」
「ハァー!? あんな喧しいのとか、ウザッたいのとか、天然とか、猛獣とかと暮らすんかい! 胃に穴ァ開くで! オレァ勘弁や」 
 ユウヒがそう言うと、鷹久は、楽しそうに笑って、「逃げちゃだめだよ」と、ユウヒの頭をぽんぽん、と優しく叩いた。
 


ハルシオン・ブルー外伝 十六


 その、ゼェ、ゼェ、という音が、有り体に言えばあまりにも耳障りであった。思わす顔をしかめて耳をふさいでしまいたくなるほど、不幸の気配がたっぷり染み込んでいた。それを聞くたび内臓が、ずしん、ずしん、と重くなっていくようだ。正直逃げ出したい、しかし、そんなことできず、三条亘は、まるで叱責に耐える子供のように立ちすくんでいた。
 あにうえ、というユウヒの発する音が悉く、意味の塊になるまえに空中にばらばらにされていく。しかしユウヒはあきらめない。正座をした腰を少し浮かせて、両手を前について、あにうえ、どうか、と繰り返す。
「ここにも官軍が来るんです、はよう、吉野へ逃げねば、ワタ……三条当主がお送りします、大丈夫です」
 うるさいっ、とユウヒのすぐ横で、飛んできた花瓶が弾けて、水がパッと散った。差してあった山茶花が、空中でバラバラになって、亘の足下に、しなと倒れた。
「その……異人の……虚言に惑わされ、戦わずして逃げてきて……っ、なにを偉そうな……! この、臆病者、役立たず者め、私の、この不自由と引き替えておいて、その厚顔……!」
 広い部屋の真ん中で、ぽつねんと床が敷いてあり、そこで起こした上半身は、背中を丸めて、ゼェゼェとあえいでいる。激情と怒号の間に悲鳴のように引きつった呼気が挟まる。白い寝間着が乱れて、痩せきって青白くなった脇腹に肋骨が浮いている。顔つきは、まだ若いのに、落ちくぼんだ眼下やほお骨が、老人のように見せている。今し方潜水から上がった人のように、目は開ききって、口は出来る限りの空気を吸い込もうと大きく開く。
 その言い分は、ユウヒと言い合っているという内容ではなかった。ユウヒの言葉に怒声を返しているのではない。実際、出てくる罵声は、壊れたからくりか繰り返すように、同じものばかりだ。二名冬月は、弟のユウヒの言っているところはまるで聞く気がないのだ。
「後生や、頼む。事が成ったら、オレァ、当主の座右を放棄してええ、実力主義だった旧慣はもう意味ないで、大結界はないんやから。だから、兄上がこの家率いてくれてかまへん、オレァどこへなりと消えてもええ、だから、後生や、逃げてくれ!」
「ふざけるな! 同情かこの国賊め、臆病者――」
 再び罵声の螺旋の入り口へ立ちかけた兄弟のやりとりを遮ったのは、三条亘の生白い腕だった。手首に深緑の数珠を巻き付けた細い手が、二人の間に入って、土下座するユウヒを背中に庇っていた。びっくりして瞠目したユウヒの視界には、わずかに震える亘の双肩を確認できた。
 三条亘は怒っていた。怒ると涙が出てきて悲しそうな顔になるたちで、そのときも肩はぶるぶる震えて、まるで殺人鬼に命乞いをしているようだった。だが、さっきまで怯えていたのも忘れて、三条亘のはらわたは煮えくりかえっていた。
「そ、その臆病者って、言葉が、ユウヒ先生ほど、似合わない人、おれ、他に知らないです」
 ごめんなさい、と、呆然とする二名兄弟の手をとって、息を飲み込むのと同時に謝り、亘は術を使った。――使おうとした瞬間、とっさに、二名冬月の手が抵抗した。あっ、と思って、集中の深みから引きすり出される。亘の集中が切れると同時に、三人はとある場所の空中に投げ出された。「しまっ、」と、亘が青ざめる。そこはまるで天狗が住んでいるかのような険しく剣のような山の、登山口のあたりであった。この山間深くへ行ったところに二名の隠れ庵がある。つまり屋敷への入り口――空中といっても、さして高度はなかった。とっさにユウヒが、兄と亘を庇う姿勢をとる。そして、「くそっ!」と毒づいて眼下を睨む。
 空中に出た時亘も視認した。二名の屋敷へ向かう山の入り口には――既に官軍がひしめいているその光景を。
 三人でもつれ合って地面へ落下しつつ、ユウヒが亘の方を見ないで叫んだ。
「なんでこんなことした、ワタ坊! どういうつもりじゃ!!」
「知らないよ、おれの体が勝手にやりたいことやったんだもん!」
「なんじゃそりゃあ!? ああ、もう、ええっ! どうすんじゃ、お前ん術、地面に降りて直後に連発なんかできんじゃろう! ……官軍には、……速攻で殺されやせぇへん、そこをオレが抑えとく、お前その間で術作れ!」
 ――刃音は不戦の姿勢を取った。積極的に交戦してはならない。ユウヒが頼るべき唯一のことは、日本人の官軍兵たちの良心の呵責しかない。どうする、どうする、どうする、と頭の中で巡るうちに、地面がどんどん近くなる。兄は絶対護らねばならない。
「刃音さん知ってるんだ、この喧嘩、受けたら、弱い者から、術士のきょうだいから危なくなるって……」
「あーもう、ルウといい、ワタ坊といい、なんで関東組は、気ィが短いんじゃ! 最悪や! もっとアタマ使って動けや、キライや!!」
 ユウヒの嘆きは急落下の風にきりもみされ、五十嵐の時と同じように、彼が全員分の不可を庇って着地する。突然上空から術家の当主達が降ってきたのだから、官軍にすさまじいどよめきが起こった。亘はすばやくユウヒの兄を庇った。何かの抜け殻のように細い彼の身体から薬のにおいがし、耳元で、息を呑む音がする。軍勢の頭に落下したのである。当たり前のように武装した人々の、異様な空気が肌に当たった。
 「オレは二名家現当主のユウヒじゃ! 交戦の意は無い、おめーら武器仕舞え」――ユウヒが二人を背に庇いながら、よく通る声で臆面もなく言い放った。鷹久や、ルウ、亘を叱りつける時の調子によく似ていた。「おめーら、オレんちの地元の奴らばっかやろ。患者だったやつもおるだろ。オレはおめーら殴るの、ゴメンやど」……ユウヒは官軍の兵士達のひとりひとりに、まっすぐ目線を合わせながらはっきりと呼びかけた。彼らの視線が合わない。動揺が見られる。ヤッパリや、とユウヒは唇に力を入れた。いける。まだ彼らには、土着の信仰を裏切る罪悪感がある。付け入れば時間を稼げる――……。こちらから仕掛けなければ、大丈夫だ。
 そのとき、二名ユウヒの脳みその一線を何かが弾いた。三条亘も一緒だった。動揺を見せられないユウヒを置き、亘はバッと空を振り仰いだ。それは術士同士にしか解らない、なにか予感のような共鳴である。『何かが近づいてくる』、という確信。そしてこの気配は……。
 ひゅっ、と、移動術独特の赤い風が亘とユウヒの間に吹いた。えっ、と息を呑んだのは、亘とユウヒ同時だった、二人とも、その骨身まで、「この気配」の正体が染みていた。その風をまとって現れる人物の恐ろしさを。そいつは、白銀色の髪の毛を持ち、黒い僧衣を身につけ、絶対零度の微笑みで、術士を殺しにやってくる――。
 その赤い風から何かが現れた。それが誰かを判別する前に、常識を逸した速度でユウヒの脇を誰かが駆け抜け、そしてユウヒの向こうで悲鳴が上がった。ユウヒの頭の中が真っ白になるのと、官軍の前線に立っていた兵士が数人斬り殺されたのは同時だった。
 ユウヒはまず、なんてことを、と思った。保っていた緊張の糸が切られた。とにかく、まず、なんてことを、と思った。
 事態がそれ以上に最悪だということに気づいたのは、官軍の中で、すくっと背を伸ばして屹立する下手人の正体に気づいた時だ。彼は赤い風の残滓をまだ背中に残していた。空色の着物が翻る。手には業物の日本刀。ユウヒより先に、「えっ」と悲鳴のような声を上げたのは亘だった。震える声がユウヒと重なった。

「……春木兄さん……」











 四家家には果たして、まだ官軍は到着していなかった。四家の屋敷は、出雲を擁する山陰地方にある。古くより、日本でもっとも神事を扱っていた家が四家なのである。屋敷自体は、日本海にほど近い、宍道湖のそばにある。二名ほど峻険なところに無ければ、六東ほど町に融けているでもなく、人里にほど近い、雑木林の奥にある。まるで隠れ庵のような、控えめな屋敷である。
「よかった……まだ平気だ……」
 なちが使う三条の移動術で、四家の屋敷まで飛んできて、その無事を確認した時、ルウは思わずしゃがみ込んで息を付いた。あの、戦場の真ん中に落っこちたような六東屋敷の喧噪と怒濤の展開の後、拍子抜けするほど静謐な雰囲気の四家家を前にすれば仕様はなかったのかもしれない。なちは険しい顔のまま、術書を抱えなおして、あたりを見回した。森林の中だ。もう日が落ちるころで薄暗く、頭上からの日差しより、地面から立ち上る土の湿気のほうが強い。天蓋のように茂った木々から、時折ざわざわと葉擦れの音がする。そのほかはなにも聞こえない。
 こんなに町に近いのに……。いつも不思議なくらい、静かだ。なちは息を整えながら、深い闇の侵攻を待つのみとなっているあたりをよく睨んでいた。
 そのとき、突然、鳥の羽ばたきが森林にこだました。その不自然な現れ方と、気配で、それが術士からのシキガミだと知る。鳥の――ケモノの形をしたシキガミ、六東織里からのシキガミである。
「織里姉さんだ!」
 すかさず、ルウが追いかけて捕まえると、鳥は書簡の姿になった。この事態での伝令である。火急重要なものに決まっていた。ルウは急いで中身を改め、なちがルウを押しのけんばかりにのぞき込んだ。「なんて書いてある!?」。
 そこに記されていたのは、織里の走り書きだった。ルウの視線が書面の上を走り、「えっ」と息が詰まったような声があがった。視線が書面の最初の文字からもう一周する。「馬鹿な!」と叫んで、ルウから書簡をひったくったのはなちである。何度も何度もなちはその短い文面を舐めるように読んだ。「馬鹿な……」。今度は弱々しくはき出して、

「『官軍』……『我々ヲ問答ナキ殲滅ニ出タリ』……『全面紛争是必至ナリ』……」

 生き延びる唯一の一手が消えた。なちは自分の喉が締まって、呼吸がゼェゼェというみっともないのになっていくのを聞いていた。
「なんで!? 正式に全面紛争……!? あたしたちは手を出してないのに!!」
「ま、待って、なち! まだ続きがある!」
 今度はルウが書簡を引っ張った。そして信じられない文章を見た。

 『九重当主ガ 宣戦シタトノ事 詳細ハ不明』

 刃音が……宣戦した……。
 ルウは身体じゅうからスッと血の気が引くのが解った。そんな馬鹿な、となちが呻いた。それが一番馬鹿な手だてだということは、九重刃音が一番心得ていた筈だ。旧慣になるを厭わず、国に復讐なんかしない、それが術士の在り方だと。だから術士たちだけで神父を倒すのだと。
「嘘だ……刃音がそんなことする筈無い……! 京都でなんかあったんだ……!」
 震える手で書簡を握りしめ、ルウはなちの肩を掴んだ。「なち、京都へ連れてって!」。
「な、何を!? 馬鹿じゃないの! 四家の人達の安全確保が一番だ! そのためにあたしたちが来たんだろ、頭冷やせ!」
「でもっ、絶対なんかあったんだ、刃音達に、京都で! 神父になんかされたんだ! じゃなきゃ……」
「何かの間違いかもしれないだろ、オマエもご当主がこんな馬鹿なことするわけないって知ってるだろ! 向こうには、春木兄さんだって、オマエの兄さんだって、鷹久兄さんだっているんだぞ! 心配するなら、一刻も早く、四家の人達を逃がして……」
 ――いいよ、と、閑古鳥がぼやくような声が、二人の耳朶を打ったのはその時である。まるで撃たれたかのように、少女たちが、声のした方へ反応した。
「逃がさなくていいよ」
 四家の屋敷へ続く山道の、向こうの暗がりから、四家鷹久が歩いてきた。二人と目が合うと、安心させるように微笑んだ。



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Author:林
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こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
主にネタメモ、突然ネタメモ

オタクなこととかやおいなこととかきもちわるいこととか普通に言います
やな人は帰ってください

●文芸部特別企画
第一弾
流離人外伝

第二弾(完走!09'12)
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