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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー外伝八



 「忘れたわけではないだろうね」










 落ち着いて聞いてくれ、とという前置きの時点で、何となく察したルウは、今にも駆け出しそうな心持ちと、座り込んでしまいたい衝動の間で立ちつくすことになった。どうしよう、と途方に暮れて言葉が出なくて、そんなルウのてのひらを、春木は必死に握りしめ、立ち位置を教えるようにぐいっと引っ張る。
「五十嵐が神父に襲われたかもしれない」
 春木の黒い誠実な瞳が、気丈に告げた。事前に察していた全てのことがあっというまに白く焼き切れて、ルウは春木の腕を振りほどいて飛び出した。心臓がどくどくして、足がふわふわし、指先がジンジン痺れ始める。脳みそはなにもかも白くなっていて、春木がルウの腕を引っ張って止めても、足だけは先へ先へ進もうとした。臓物が焦燥で爛れていくようだ。体中が熱い。
「はるきにいさん……はるきにいさん!」
 彼になにを求めたいのか訳が分からないままに、ルウは一ノ瀬当主の名前を呼んで、頭を振って、捕まれた腕を振り回して、歪みきった表情をさらに泣きそうな顔にした。もう身体の内側のいろんなものが溶け出して、どろどろになって、口元からこぼれ落ちてしまいそうだ。ルウは理性の最後の一線まで切れてしまいそうになるのを、ただそれを畏れて、春木にすがりついた。
「はるきにいさん……!」
「大丈夫、八代の大爺さまが向かってる。絶対大丈夫だ。何にも心配するな、全部うまくいく」
 春木は決然とした声でそう言い切った。それでもルウの混乱はなかなか収集しない。
 にいさま、にいさま、と繰り返して、いつもの男勝りで勝ち気な少女の見る影もなかった。春木は、ただルウを思い切り抱きしめて、混乱のはけ口になるくらいしか思い浮かばなくて、じっと彼女の理性の糸が元に結ばれるのを待った。
「絶対大丈夫だ。……絶対平気だ。俺たちは一人も欠けない、きょうだいのみんなも、全員で新しい時代を生きるんだって、六年前に決めたじゃないか」
 そう言って、広いてのひらで、ルウの頭を撫で付ける手付きはとても誠実だった。こなれているわけでもなく、優しいだけでもなく、真面目で丁寧だ。春木の空色の着物からは日向のにおいがした。顔をおしつけた胸板が思いがけずがっしりしていて――一ノ瀬は代々武道に秀でる家というのもあるけれど――ルウは、徐々に混乱の風船がしぼんでいくのを、呼吸と共に感じていた。
「……な? だいじょうぶだ。今は、悲しいことはなにも起きていない」
 ルウは春木の心音を聞き、脳みその奥の方で青色を記憶が翻るのを感じて――ぐちゃぐちゃになった脳みそに初夏の風が一陣吹いて、ゴミを吹き飛ばして、やっと落ち着きを持った。
「……はい」
 と、返事をして、不器用に笑うと、春木はとても優しげに微笑んだ。「良い子だ」と柔らかい声で言って、武骨な指先でルウの目元に滲んだ涙を拭いた。
 そのとき、二人がいた廊下の近くの部屋から、なにやら騒々しい物音がして、それに叫び声も混じって、何だといぶかしんでいるうちに騒ぎが近づいてくる。声は二つだった、一つは声が大きいのですぐわかる、夕陽だ。「動くんやない」と叫び、そのあと、他に言うことがないのか、「馬鹿」「アホ」「綿毛」と悪口がくっつく。
「ユウヒ先生……?」
 春木が呆然と呟いたのと、すぐ隣の障子戸がすごい音と共に崩壊して向こう側から何かが倒れ込んできたのは同時だった。咄嗟に春木に庇われて、ルウは暗くなった視界から事態を理解しようとしてきょろきょろとあたりを見回す。すると、障子と共に転がり倒れてきたのは、ユウヒと――それから下敷きになっているのは、どう見ても、寝込んでいた筈の三条当主・亘であった。
「わ、ワタル!?」
「あっ……、る、ルウ! 春木にいさん!」
 ユウヒの下敷きになって取り押さえられながら、亘の童顔はルウと春木を見つけてパッと輝いた。幾分かましになっていたが、どうみても目元は疲れたように落ちくぼみ、肌色は真っ白で、もともと枯れ木みたいに細かった身体はどこか生気がうせていた。
「なにしてんの、あんた! なんで動いてんの!? っていうかなんでユウヒに押し倒されてんの」
「あー、ハル兄、ルウ! いいとこに! こいつ押さえるの手伝ってくれ! あとルウは先生をつけて呼べっちゅうとるやろ!」
「あ……お、押し倒して俺たちはどうすればいいのかな」
 とっても真面目な顔で、あせあせと聞く春木に、「どういう意味じゃ」とクワッとして、ユウヒは、
「この馬鹿、この身体で五十嵐へ行くと聞かんのや!」
 と、亘のふわふわしたクセッ毛の頭を押さえつけた。体力的にも体格的にも技術的にもユウヒの下から抜け出せる見込みが無い亘は、少しばかり気まずそうに口をつぐんだが、それでももう一度、意志の強い瞳でルウと春木を見上げた。
「みんなが困ってて、晴次さんが危ないのかもしれないのに、おれ、大人しく寝てなんかいらんないよ……! こういう時に命張るのが当主でしょ!?」
「馬鹿言うない、お前が死ななくても八代のジジイが応援に行ったちゅうてるやろ!」
「それでおれたち、ここでじっとしてるの!? また仲間が傷つくのみてるの!? おれ、もう何にもできないのは嫌なんだ、おれだって当主なんだよ」
「違うやろっ! お前はほんもんの当主やない! ほんとは術の使っていい身体やない! そんなことしてオレらとつながろうとしたって、何にもならへんのだぞ!」
 ユウヒの大喝が飛んだ。今までのと質が違う、本気の怒声だったので、さすがの亘もしゅんとして、ルウと春木は黙って亘の次の言葉を待った。
 ――三条亘はいわゆる『当主』ではない。そう名乗っているだけの、ごく普通の人間である。
 三条家には何故か当主が生まれなかった。加えて、どこか障害を負ったきょうだいの子も生まれなく、ただ普通の子である亘が生まれただけだったのである。体裁のために亘が当主を名乗っているだけで、亘はなんの能力も素質も適格な身体を持ってもいない。術を使えるのはひとえに彼の勉強と努力のたまものなだけで、才能と血統で術を使う当主達と全く質が違うのである。
「わかってるよ……でもおれはみんなと居たいんだ。みんなが居なくなるっていうなら、おれもいなくなるよ、戦うならおれも戦うんだ。おねがい、みんなと居させて、置いてかないで。恩返しをさせて」
 ほとんど命乞いをする弱物の顔で、亘は食い下がった。――みんなは、ただの人間のおれが当主のフリをして生きることを応援してくれて、一緒にいることを許してくれた。ほんとは繋いではいけない手を繋いで、一緒に生きてきた。家族や地元の人々には見いだせないつながりを結んでくれた。
 取り押さえるユウヒの力がややゆるんだ気がした。三条当主は内臓から絞るように声を張り上げた。
「おねがいだよ、おれを当主でいさせて、おねがい!」
 雷鳴のあとの静寂が染み渡る。「ばかだね、」とそれを破ったのはルウで、「ばかだな、」と頷いたのも春木で、「ばかやろ、」と毒づいたのもユウヒだった。
「そこまで言うならわかった。ただしオレはお前のそばをくっついて片時も離れんぞ。そこんとこ覚悟して当主たれ、ワタ坊!」
 ユウヒが亘を引っ張り上げて、担ぐみたいに背中に背負った。亘はもちろんびっくりした顔をして、一人で歩ける、と言いかけたのだけど、皆まで言う前にユウヒに睨まれて黙る。
「亘は強くなったね」
 と春木が亘の肩を叩いて、先に皆に知らせてくる、と走っていった。一ノ瀬春木は地位的に九重に次ぐのだが、自らの足でこうやって走り回るたちの青年だ。落ち着いているようで、おそらく二名当主より落ち着いていない。
 ルウが所在なく立っていたので、ユウヒが空いている手で少女の手首を掴んで無愛想に引っ張った。ありがと、とルウが言うと、ケッ、と唇を尖らせる。
 空気がぼんやりと夕方の気配を含み始めた。屋敷のひさしの向こうに続く青空は、まどろみを開始したように輪郭が滲んでいる。
 


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Author:林
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こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
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