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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー外伝七

 五十嵐の名前には必ず天候にまつわる文字が受け継がれる。家名に「嵐」があるからなのか、よくわからないけれど。
 たとえば、現当主は流れる雨と書いて、ルウと読む。なんで、妹が雨で自分が晴れなのか、晴次はさっぱりわからなかった。名付け親の両親は早生して問いただしようがなかったし、どう考えても妹のほうが晴天が似合った。 どだい、当主が陽でそれ以外は日陰ものというのが伝統なのに。

 名前に、なにか、運命律の作用があるならば、自分は雨を支える晴天にならねばならない、のかもしれなくて、 詩的にすぎる話だと、晴次は、ルウが連れてきた青空を見上げる日々。










「晴次さん」
 障子戸の向こう側からした呼び声は慎ましい。晴次は文字列を追いかけていた視線を中空に上げて、「何か」と応じた。どことなく酩酊したような感じで眼球の奥が締まる気がした。文字の世界から息継ぎもなく、三次元に視線を移したせいかもしれない。
 障子戸の向こうの声は、五十嵐家に仕える小間使いのものだった。「六東から伝令のシキガミが届いております、当主様の名で」と続いた。
 六東の当主と聞いて、――あの猛獣女――といささか不謹慎な図を思い起こしながら、晴次は障子戸の向こうの小間使いに、「入れ」と告げた。京都へ呼ばれた妹から連絡は無いので、おそらくシキガミに優れる六東に代筆して貰ったのだろう、と思って、先より懸案だった、九重の事情を知れるかもしれぬと晴次は、やや気持ちが急くのを自認していた。
 すいっ、と潔く障子戸が開けられて、晴次の雑然とした小部屋に陽光が入った。気づけば時間の頃はもう夕刻近くになるらしく、陽光は橙色の気配を帯び、黄昏時特有の湿っぽさが鼻腔を差した。
「それで、伝令はなんと――」
 小間使いの方を向くと、西日のせいで逆光になっていて、晴次は思わず目をくらませた。そのとき、
「コンニチワ」
 と、軽快で人なつこそうな、聞き覚えのない声が、晴次の耳朶をぽんと弾いた。
 ――なんだと、と、心臓が跳ねるような音を聞いて、目をくらませていることに忘れて、晴次は西日に対峙した。
 そこにいたのは、五十嵐の小間使いでは、なかった。
 逆光を背にした肢体はすらりと長く、黒い長外套、それから、胸元の十字架だけがキラキラとしている。
「五十嵐晴次サンですネ」
 ――初めましテ。影が上品に笑うのが分かった。晴次は脳みそのどこかで、自分の身体が硬直して指の一本も動かせないことを不思議に思っていた。背中からじっとりと汗が噴いて、のど笛が狭まる。だが視線をそらすことすら許されない。だんだん目がくらんでくる。あまりに光の強い視界はやがて、影がずるずる広がって、虫に食われたみたいになっていって、やがて五十嵐晴次の視界は暗転し――、
 それをぎりぎりのところでとどめたのは、電流のように鋭い痛覚。
 清次は咄嗟に噛みついた自らの腕から剥がすように口を離した。びりびりと痺れるような痛覚が神経を震わせ、脊髄を高ぶらせ、暗転の視界には稲妻が差した。白くて細い腕の剥がれた皮膚から血か噴いて、指先までの感覚がどこかへ飛び散っていく。
 重い荷物を持ち上げるかのような心地で視界を引き上げ、目交に立つ侵入者を見上げると、彼は興味深いものでも観たかのような、感心した面持ちをし、それから、必死の抵抗を楽しむ狩人の顔で笑った。
「…………当主が不在だからとて、安易に術家を狙うのは愚かなことだ」
  口腔ににじんた血液を吐き出して、晴次はふだん使わない片頬を吊り上げた。晴次はいつも下から睨めあげる男だ。このときも、強い眼で異国人を睨み付けた。
「そうデスか?きょうだいが当主の弱みと聞いていたんですが」
  と、神父は優しそうに微笑んだ。
「だから強くなった」
  と、晴次は意地悪げに嗤った。 なるほど、と、神父が呟き、
「でも、私は特にイガラシに興味があっタ。他の八家は掃討対象だけど、あなたと妹サンとは仲良くなりたいものデスよ?」
「なぜそうなる?我々は開いただけだ。なぜきさまらは駆逐に出るんだ」
「あなたがたが壁を作ったのと同じ理由だと思いマスよ、臆病者の――理屈デス」
「その理屈で言うと、あの馬鹿者は勇者になるか」
「馬鹿者?」
「この国をこじ開けたシキガミだ」
 さて、と晴次は左手に術符をつがえた。まっさらな和紙に、晴次が術をほどこしたもの。
 言い忘れたが、仲良くなる気はないからな?――と告げると、神父は、あれ、嘘ですよ?――と微笑んだ。

  ――なんとか、当主が状況に気付くまでもたせる――晴次は強く唇を噛んだ。





「どうかしたか、織里」
 通り掛かった春木の問い掛けに、縁側に座り込んで何かしら訝しんでいた織里は「それがね……」と首をひねった。 春木の後ろには、鷹久となちが続いて廊下を歩いてくる。ぐずるなちを、春木が頼んで鷹久に迎えに行って貰ったところなのだ。なちは鷹久に一番懐いているのである。「どったの?」と首を傾げる鷹久の足元のあたりに、ブスッとしたなちが張り付いていた。
「五十嵐からだけ伝令到達の返事がないの」
「あの白虎は?」
「晴次さんが、前に、虎を送るの禁止って言うから、五十嵐だけ別の子で送ったわ」
「あぁ~……晴ちゃんの目線からしたらあの巨大虎はなかなか恐怖だもんねぇ」
 鷹久はそういってへらへらしているが、春木は顔をしかめて、
「なにか……あったのかもしれない。すぐ向かった方がいい」
「なにかって……」
 なちが鷹久の後ろから顔だけだして、ハッと口をつぐんだ。四人の脳裏におなじものが閃いて、沈黙が張り詰める。
「早く武蔵へ――!」
「ダメよ、春木兄さん、そんな長距離移動できるシキガミは西瓜だけなの! 今は各国へ伝令に行ってていないわ。亘も無理よ」
「――織里ちゃん、スイカが今どの家にいるかわかる?」
 四家当主が、ふいに、無精ひげだらけの顎をさすりながら呟いた。織里は一瞬勘ぐるような表情をしたが、すぐに、「ええ――ちょっと待って」と、集中の深みに入る。シキガミの気配を探っているのだ、術者は自分のシキガミの動向は在る程度理解できる。
「――……たぶん、佐賀の――八代の家のあたり」
「それじゃ今からなちが八代にシキガミを飛ばすから、それで、八代のジイサンにスイカに乗って五十嵐まで行くように伝えてもらえる?」
 鷹久は、足元のなちに、「できるよね、」と静かに微笑んだ。七野は九家の術書を総合的に管理する家だ、当主たるなちはそのほとんどを――広く浅くとはいえ――体得している。
「スイカは術者なら言うことは聞くのか!?」
「うん、いい子だから平気よ。っていうか八代のお爺さまなら、言うこと聞かせられるわ」
 織里がそう返すと、春木も一度だけ深く頷いて、「ルウに言ってくる!」ときびすを返した。
「なんだかねェ、……一ノ瀬ん時といい、これまた、それを単身迎えにいった亘君といい、なんだかコチラは後手後手だねぇ」
「仕方ないのかもしれないわ、私達、今まで内側でぐるぐる世界を回していたのよ」
「――あたしの……七野の蔵書にも、外のことは書かれてない。外のこと知ってるのは、あいつだけなんだ」
 吐き出すように言いながら、七野なちは懐から小さな和紙を取り出した。床に四つんばいになって、指先の甘皮を噛みきって、滲んだ血で、さらさらと大量の文字を書き始める。覗いていた年長組が感心して息を呑むほどだ。というのも、シキガミ専門の六東はとにかく、他の系統の術者はシキガミを操れこそすれ、大した用事は出来ない。なちが作っている口寄せの準備は、六東に限りなく近づけるほど精巧なシキガミを作る為の補助呪文だ。不向きな六東系統の術を、その知識でもって補うのであるが、その補助たる知識量が半端でない。書き付けられた文字量から知れる。
 小さな半紙を赤い文字でびっしり埋めたころ、できた、と小さく呟いて、なちは半紙を空中へ放り投げた。紙片は、くるりと翻る時には蝶に成長して、一度羽ばたいてそのままいなくなる。
「ありがと、なっち」
 鷹久が微笑んで、なちの幼い手を撫でた。ほんの一瞬で、なちの指先の傷はきれいになくなっている。なちは耳まで真っ赤になった。
「あ、あたし、ご当主に知らせてくる!!」
 と、駆けだしてしまった。
「私たちも行きましょ、にいさん。これ、本格的にまずい状況よ。なんとかしないと、九つ全部攻め落とされちゃうんじゃない?」
「うーん、織里ちゃんが言うと、深刻じゃないなぁー」
「そのままお返しするわ」
 織里はフッと笑うと、素早く身を翻した。高いところで結ってある栗色の髪がキュッと空中を鞭打って同じく翻る。
「……晴次にいさん、無事よね」
「平気だよ、俺たちまだ一人も欠けてないじゃない? 九人揃ってれば、大抵なんでもなるの、それが俺たちなんだから」
 それに、心配する役目はルウちゃんに任せておこう、と鷹久は困ったように口元をゆるめた。
 まだ平気。まだ、今は、平気なんだから、と、声にならない何かが、織里か鷹久のどちらかが吐き出したような沈黙が、しみ出していた。二人が歩き去った廊下には、あけはなった雨戸の向こうから柔らかい日差しがちらちらと差していた。

 




晴次は鷹久の「晴ちゃん」という呼び名を死ぬほどいやがってます。

きのう、間違えてこの続きの下書きを公表投稿してしまって、もしかして目撃した方は五十嵐襲撃の顛末わかっちゃったじゃん!という事件がありました。
……まぁ……別に予想できない展開でもないし……いいか!!


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Author:林
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