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毎日の出来事を何となく綴る日記。

 
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ハルシオン・ブルー





 ……それで、良いんだ、と。
 
 彼はとても嬉しそうに呟いた。




ハルシオン・ブルー

 
   番外編


「ねえ、レギナ」
 話しかけた先にいたシキガミは、「あー」と適当な返事をしてから「何だよ」と起きあがった。完全にけんか腰である。これで僕の従者――シキガミ、だというのだから、本当に世の中理不尽だ。何の因果か予定より三年も早くシキガミを喚びだしてしまい、しかもソイツが正体不明の、よりにもよって異人の様相なのだから、僕はツイていないと悟るしかなかった。
 水色の猫っ毛を掻きながら、僕の不敬なシキガミ・レギナは数冊の本を抱えてくる。あるいは年期が入っているが、あるいはまだ新品で紙のにおいが新しい。
「丁度いいの、あった?」
「……あのな、マスター。もう一度言わせてもらうが、俺にお前の兄の嗜好が分かるとでも思っているのか?」
「思ってないから教えたじゃない! 晴次兄様はムズかしい本がお好きだって!」
「マスターの基準でムズかしいとなると、この世の本全てムズかしいことに……」
 暴言を吐くシキガミのスネに本の角をたたきつけて、僕は山となった本を――僕とレギナで精選した本の累々を――指した。
「兄様の御誕生日は明日なの! 早くしないと間に合わないでしょ!」
「だからってシキガミを虐待するな! 嘆かわしい! 俺がその昔東欧に喚ばれた時の待遇はもっとずーっと良かったぞ! ルウ、お前も『これから午後のお茶でも致しません?』ぐらいの余裕はないのか、余裕は!」
「お茶ならさっき、僕が煎れてあげたでしょ!」
「あれは茶と言わない。可哀相で残念なお湯と言うんだ」
 暴言を吐くシキガミの腹に、倉から引き出してきたアヤしい置物を投げつけて、僕は大きく嘆息した。山となる本を眺める。
 明日は兄、晴次の誕生日なのだ。僕は毎年、彼に本を贈ることにしている。なにしろ兄は、いつもとにかく読書しているひとだ。彼の居室にはいつも本が山となっていて、そのどれもが僕には判別できない難しい漢字で著されている。兄のそれ以外の嗜好は、僕には見あたらなかった。ということで、僕はいつも贈り物の基準を「ムズかしそうだけど立派な本」ということにしている。
 例年なら結構前のうちから、町の本屋へ出かけたり倉の中を漁ったりして、品定めを丹念にしているのだが、今年はこの不遜なシキガミを召喚してしまうという騒動があったので後手後手になってしまった。その責任を取って貰おうと、レギナにも手伝って貰っているのだが、どうも捗らない。
「これもよさそうだけど……そういえば似たようなの、去年もお贈りしたし……」
「というか『ムズかしい』という基準で全部似たり寄ったりだろ」
「うるさい、レギナ! 揚げ足取りレギナ、小言魔、小姑!」
「揚げ足取りとは失礼な。主の間違いを矯正してるんだ」
 傲岸不遜にそう言ってのけたシキガミは、「しかしなぁ」とぼやいて、山と積まれた本をのぞき込んだ。
「毎年同じようなものをあげてきたんだろう? それに、本なんかアイツは腐るほど持ってるじゃないか。あげたって何の面白味もない」
「だ、だって僕、これくらいしか兄様の好きなもの……」
「別に好きなものをあげなくてもいいんだぞ、こういうのは。インパクトが重要だ、インパクト」
 いんぱくと、と僕が首を傾げると、レギナは「『意外性』」とニヤリとした。
「仕様がない。古今東西、あらゆる時代・あらゆる国々を経験してきたこの神霊レギナ・ユノ・ヴァン・スヴェントヴィト・ヴァッサーがマスターにプレゼントの作法というのを教えてやろう」
 今の今まで顔中に「つまらない」と書いてあったレギナの顔が急に生き生きと……というかニマニマとし始めて、彼は僕の横にしゃがみこんだ。僕にしか聞こえないシキガミの鼓動がすぐ隣に感じる。彼は蒼い目を細めて、人差し指を立てた。
「いいか? 最初にイッパツ入れればこちらのものだ……」

 レギナの語りは滔々と続いた。僕は情けなく思いながらも、いつの間にか彼の話に夢中になり、熱心に頷いていた。
 だって、一年に一度、兄様に喜んでもらえる日なのだ。なにより大事に兄様を少しでも喜ばせられる日なんだから。




「に、に、兄様!」
 翌日。僕は何故だか合戦を申し込むような口調と足取りで、兄の部屋に向かって叫んでいた。そういえばいつもは締め切っている障子戸は今日は開いていて、僕は「失礼します」という作法をやらずに済んだ。だからこういう事態になっているのかもしれない。「失礼します」とやれば、少しは落ち着けていたのかもしれないものを。
 それでも兄はいつものように、けして広くなく、そこかしこに本の山がある部屋の隅の机で読み物をしていた。彼はちらりと視線だけを持ち上げ、すぐにまた書物に戻して「何だ」とこぼした。
「あの、今日、その、兄様の、ええと」
「誕生日だそうだな、主の兄上」
 よりにもよって僕の決死の決め台詞に割り入って、シキガミが後ろから勝手にやってきた。兄が僕のことを名前で呼んでくれないように、レギナはけして兄のことを名前で呼ばなかった。「あいつは主じゃないから」という理由らしい。
「お前、夏生まれなのか。枯れた秋か、凍える冬生まれかと思っていたが」
「……それは予想を裏切り悪かった。しかしそんなことに考えを巡らせている暇があったらもっと建設的なことを考えないのか、シキガミ」
「主の兄上のことについて思いを巡らせることが不敬か? 狭量なことだ」
 絶対零度の視線でやりとりする二人の間で凍えそうになっていた僕は、なんとかレギナを(そばにあった巨大な本で)殴り倒すことで事なきを得た。どうしてか、この二人は異常に中が悪い。兄は僕のことを疎んじているから、それは仕方のないことなのかもしれないが。
「し、失礼しました、兄様! あの、お、御誕生日、おめでたく申し上げます!」
「それだけか」
「いえ、それで、あの、僭越ですけどっ。贈り物をさせて頂こうと思って!」
「ではそこに置いておけ」
「いいえ! 兄様、今回は本ではないので! 僕が差し上げます!」
 ――なに、とかすかに兄の目が細められた。僕は慌てて一礼して、部屋に駆け入って、兄の手前に正座する。兄の視線はいぶかしげだったが、僕は後ろ手に隠していた盆をおずおず差し出すと、それは幾ばくか驚きを孕んだ。
 丸盆のうえには、茶器の一式が整然と乗っている。
「あの、僕、お茶を……昨日、少し勉強したので。兄様に呑んでいただこうと思って」
 兄は沈黙を守っていた。さっきまで少し驚きを孕んでいた視線が、またいぶかしげなものになる。
「大丈夫です、猛特訓しましたから! 茶器も、ホラ! ちゃんと立派なものを持ってきて……」
「……それ、私の茶器だが」
 僕の背筋がぴしっと固まった。両手で大事に持っていた茶器の温度が急に冷えた気がする。「うっ」と詰まって、僕はレギナの方を振り返った。
「れっ、レギナ!! ばっ、ちょっ、こ、これが一番、立派だって……兄様に失礼がないって、持ってきたのレギナだよね!?」
「立派なことに変わりないだろうが」
 このときほど、シキガミの不敬ぶりを呪ったことはなかった。よりにもよって、兄の茶器を勝手に持ち出したあげく、それで茶を点てようとしていたとは。なんという醜態だろう。僕は本当に情けなくなって、耳まで熱くなるのを感じながら顔を伏せた。「その」「あの」という言葉しか出てこず、兄の視線を痛いほどに感じた。
 ほとんど泣きそうになった僕の頭に、その時ふいにてのひらが置かれるのを感じ取った。大きく、思いがけず温かい手のひらは、僕のシキガミのもので違いない。その手のひらは僕の頭をぐいぐいとなでつけた。
「まあ、良いじゃないか、主の兄上。ルウは腕を上げたといっているんだし、呑んでみたって。それに」
 すぐ隣でレギナの声がした。僕はまだ兄の方を向けなくて、膝の上の握り拳を睨んでいる。そうしたら、突然、頭の上のレギナの手のひらがぐいっと僕を彼の方へ引き寄せた。
 頬がぴたりとレギナの胸へ寄せられる。レギナはシキガミのくせに思いがけず温度が高い。心臓の音もする。さっきまで倉にいたせいか、ちょっとばか埃くさい。
「俺の主は、けっこうすごいぞ」
 レギナは悉くこの言葉を使う。どんなときもこういう。根拠があるのかないのかは、ずっと後になっても分からなかったが、なぜだかレギナが言うと不思議な効力があるのは確かであった。
 「なっ」とレギナは僕にだけ聞こえるように囁いて、仕上げに僕の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
 僕はこくりと頷いて、覚悟を決めて、唇を噛んだ。居住まいを正して、丁寧に指をついて頭を垂れた。
「で、では、……失礼を申し上げます」
 




 兄ののど仏が上下するのを、僕はそれはそれは慎重な心地で見届けた。彼は丁寧に茶碗の口付けたところを指でゆぐい、碗を下げて頭を下げた。すっと、兄の頭が上がったところで、僕はぐっと身を乗り出した。
「まずい」
 …………引っ込めた。
「湯の加減が悪い。茶葉の量が多い。蒸らす時間が長すぎる。これでは哀れで残念な湯だ」
 思わずレギナかと突っ込みつつ、僕はさらに首を引っ込めて、「うぅ」と唸った。
 僕は茶の点て方がへたくそだ。よく心得ている。昨日レギナが、「食事に誘えばイチコロ」とよく分からないことを言い出さなければ、僕だってこんなことしない。でも確かに、ずっと本ばかりではつまらないと思ったし、贈り物選びも難航していた為、お茶を兄に煎れてあげようと思ったのだ。兄は立派な茶器を持っているし(どれがその茶器か知らなかったのは致命的だった)きっと喜んでくれると思った。という訳で、昨日は女中に頼み込み、茶の点て方を教えてもらったのだ。
 だが、付け焼き刃は付け焼き刃にすぎなかったらしい。
「…………ご、」
 僕はごくんとつばを飲み込んで、
「ごめんなさい、でした……」
 というのが限界であった。そのまま片づけも忘れて、僕はすごすごと退室し、三度ほど柱に激突しながら逃げるように兄の部屋を後にした。
 レギナのばかレギナのあほレギナのとんちんかんレギナのおたんこなすレギナのこんこんちきレギナのでべそ――と思いつく限りの悪口を立て並べながら。





「……あーあ。あれはきっと、低レベルな悪口で俺のことを呪ってるだろうな」
「……貴様の入れ知恵だな、シキガミ。どういう風の吹き回しだ」
 少女が走り去った部屋。レギナと晴次は二人で、ルウが柱にぶつかりながら退散していくのを見届けたのちにどちらからともなくそう呟きあっていた。
 晴次が睨みをきかせるのだが、レギナは飄々とした様子で主が去った方をおもしろそうに眺めていた。
「別に。マスターがお前へのプレゼントで悩んでいたからアドバイスしただけだ。『食事に誘えばイチコロ』、『そこで贈り物すればトドメ』ってな」
「……異国語禁止」
「主がお前への贈り物で悩んでいたから助言しただけだ。茶を出して、贈り物をすればいいってな」
 シキガミはそうくつくつと笑いをこぼすと、ルウが先ほど座っていたところへ歩み寄った。晴次は気付かなかったのだが、よく見ればそこに包みが転がっている。もともと部屋になかったから、ルウが持ち込んで忘れていったのだろう。
 レギナはそれを拾い上げると、丁寧に包みをひろげた。
 そこに入っていたのは、肌触りの良さそうな布地であった。しかしよく見ればそこかしこから糸が飛び出していて、ところどころほつれてよれている。
「それは……」
「主の指が傷だらけなの、気付いたか」
 なに、と晴次は押し黙った。レギナはにまりと微笑んで、布地をひろげた。濃い緑色の、長方形の布であった。上質な布だが、如何せん細工がひどい。よくみれば長方形にもなっていない。
「これ、主が昨日せっせと繕ったんだぜ、へたくそだが。お前の膝掛けだそうだ」
「膝掛け……?」
「お前の脚。……俺は部外者だからな、お前らの家系について何も口出せねえけど。……あいつなりに、思うところがあるんだろ」
 五十嵐は術者の家系で、術者の家系には当主に特別な力を授ける為、そのきょうだいの身体の一部が欠損するという「のろい」がある。五十嵐の場合、当主ルウの為に、兄の晴次には両脚が欠損しているのだ。
「お前も、たいがいだよ。……わざわざ戸を開けてまっていてやって」
「たまたまだ」
「ほんとうは満更でもないくせに、ことさら不味いと言ったり」
「この上なく不味かった」
「ほんとうはちゃんと礼を言ってやりたいのに、あいつがやけにお前に対して一歩引いてるもんだから、お前も三歩はひいちまう」
「……………何が言いたい」
「お、口げんかは俺の勝ちだな」
 シキガミはそう言って、けらりと笑うと、膝掛けを晴次に差し出した。晴次が黙して手に取ろうとしないので、無理矢理押しつける。
 無い脚をどうやって温めろというのだろう。晴次はなんとも不格好な布地を眺めて思った。無い脚を――
「無ければこそ、な」
「……どういう、意味だ」
「そういう意味だよ」
 レギナは意地悪くそう笑うと、くるりと踵を返した。「主の機嫌を直してこなきゃあな」と呟いて、部屋を辞そうとする。
 無ければこそ。晴次は膝掛けを撫でた。無い脚を温めてほしいというのか。何故、この家系の闇までも、あいつは贖おうとするのだろうか。それとも、この無い脚すらひっくるめて、あいつは――
「シキガミ!」
 レギナは待ってましたといわんばかりに振り向いた。だいぶ不快になるが、晴次はしぶしぶ絞り出した。
「……もっと、修行しろ。――いろいろ」
「って、伝えればいいのか。いいのか? あいつ、それじゃまだ一歩引いたままになってしまうぞ」
 晴次は、ぐっと息を呑んだが、暫くしてゆっくりと息を吐いた。それから、「お前もたいがい世話焼きだな」と、口の端を持ち上げる。今度はレギナが意表をつかれる番であった。
「……それで、良いんだ。そのうち、自分らでちゃんと近づく」
 晴次はそう微笑んで、こめかみのあたりを引っ掻いた。それから、ふと、レギナがにやにやとこちらを見ているのに気付いて、「何だ」と仏頂面になる。
「いいや。お前等はおもしろいなと思って」
 シキガミはそう笑い、蒼い目を細めた。
「じゃあな、そろそろいかないと、主のヘソが更に曲がる。……ハッピーバースデイ、晴次」
 水色の髪のシキガミはそう言って、手のひらをひらひら振ると、軽快な足取りで部屋を出て行った。
 不格好な膝掛けと、嵐が去った後の静けさを抱えて、晴次はふっと息をついた。……そのうち、自分らで。自分でいった言葉を反芻して、晴次は膝掛けをひろげた。
「…………。…………へたくそだな」
 そう呟き、晴次はひとり苦笑したのであった。まったく、私もお前も、あいつも、へたくそだ。
 
 しばらく、晴次は膝掛けを眺めていたが、やがてそれを無い脚にかけ、再び読み物を再開したのであった。 
 さらにしばらくして、「はっ、ぴーばーすでえ?」と首を傾げるのであった。





文化祭で書いた小説番外編。……宇宙さんに捧げますぼそぼそ。
楽しかった……こんなふうに後日談書いたのそういや始めてかも……楽しかった……
また分かる人だけわかってください!!


 
 
 
 

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プロフィール

林

Author:林
いらっしゃいませ
こちらは林鉄のぐだぐだな日記です。
主にネタメモ、突然ネタメモ

オタクなこととかやおいなこととかきもちわるいこととか普通に言います
やな人は帰ってください

●文芸部特別企画
第一弾
流離人外伝

第二弾(完走!09'12)
夢十夜

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